《私の本棚 第344》 令和6年9月29日 号 「彼岸過迄」 夏目漱石 作 |
最初の副題から次へ移るとき 『うん?』 という思いがよぎりました。作者は一体何を表現したいのか分かりません。更に読み進めるとその繋がりが見えてきました。
「雨の降る日」 まで進むと一気に漱石の思いを感じる所となりました。全体を読書後に資料を読んでいて、漱石の最も書きたかったのはやはり 「雨の降る日」
であったと納得しました。この作品も新聞連載でしたが、副題を順に列挙すると 「風呂の後」・「停留所」・「報告」・「雨の降る日」・「須永の話」・「松本の話」・「結末」
となります。 私は初めのうち何かしらしっくりしないまま読んでいましたが、 「雨の降る日」 を読み始めると成る程と感じました。この小説は全体として漱石が自分自身をそれぞれの主人公に置き換え、主観的 (心) に考える私と客観的 (頭) に考える彼、彼女等を登場させています。漱石の作品には人生哲学の様に主人公に会話をさせていると感じるものが多く在ります。主人公もその相手も共に漱石でありながら他人を演じさせているように思うのです。漱石はもの凄く強い精神力を持っていると感じます。尋常の事では折れないと言うか、常人なら疾うにくずおれて仕舞っているようなことも心を保っています。如何なる事に当たっても徹底的に思考を繰り返し客観的な答えを導き出してきた結果の賜であろうと想像します。つまり苦しみを泣き喚いて紛らわすのではなく、考え抜いて心の平静を保つ答えを導く。おそらく子供の頃からの習慣の積み重ねの結果。そうでなければこの様な作品は残せないだろうとも思います。作者の人生哲学ですね。 「雨の降る日」 は自身の五女の雛子を宵子として表現しています。ある雨の降る日の家族団らんの様子と初めて来訪した人との面談。夕方に別室で突然家族の慌てる様子。宵子の突然死と葬儀。これらをまるで他人の作り話のように淡々と筆を走らせています。 さらに題名について漱石は 『元日から始めて、彼岸過迄書く予定だから単にさう名づけた迄に過ぎない実は空しい標題である』 と述べています。 作中に 「初めて来訪した人」 が書かれていますが、この人は 「中村古峡」 という実在の人物で、実際は初めてではなく時々来訪されていたということです。古峡氏の語る所によると、 【先生 (※漱石) と物静かに会話をしていたところ奥の方で何かザワメキ出して女中さんが二度ほど先生に耳打ちに来た。先生はウムというだけで立とうとされなかった。その内遂に奥さんが来られて話されたので黙ってスッと立って行かれた。そして久しい間戻ってこられなかった。その間奥の方で多分女中さんだろうと思ふが、極めて悲痛な泣き声がしたがその悲痛な声は未だにハッキリ耳に残ってゐる。しばらくして先生はいつもの通り平然とした顔付きで戻って来られて、「だめだ、死んだ、かはいさうな事をした」 と云われて、しばらく悵然としてをられたが、又例の雑談を始められた。その時大体事情を推察していた私は立つに立たれず、そうかと云ってお手伝ひするといふ程の事も出来ず、止むなく先生のお対手をしてゐたが、 その中に又先生は奥の方へ立って行かれ、再び戻って来られた時 「君、よかったら帰ってもよいよ」 と先生の方から云われたので、鄭重にお悔やみを述べて、お暇をしたやうなわけである。」 】 と述べられています。その後朝日新聞の連載 「彼岸過迄」 の 「雨の降る日」 を読んだ中村氏は、一種の感に打たれて拝見した旨の手紙を送っています。 受け取った手紙に関して漱石は次のような返信をしています。 【 ――(略)―― 「雨の降る日」 につき小生一人感懐深き事あり、あれは三月二日 (ひな子の誕生日) に筆を起し同七日 (同女の百ケ日) に脱稿、小生は亡女の為好い供養をしたと喜び居候 先は右迄 艸々 三月二十一日 金之助 蓊 様 】 ・・・・・・この作品にも 『門』 に書かれた会話に結び付くものはありませんでした(※令和6年9月2日に追記しました)。しかしそれにしても中村古峡に対する 「君、よかったら帰ってもよいよ」 という言葉は凄いなあ・・・と感じます。神経衰弱、更には胃潰瘍で苦しんで最後を迎えたようですが、今の医学なら何と言うことも無く、更に多くの作品を残されたことでしょうにね。 「雨の降る日」 は子供の死に対する供養の文章と解しますが、私はもう一編の別な詩を記憶に持っています。それは野口雨情の 「シャボン玉」 です。この歌は大川小学校跡地(※リンク先の最下段枠)での経験から、この歳になって忘れられない歌になりました。・・・・・・。 |
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