《私の本棚 第322》 令和5年1月1日 号 「虞美人草」 夏目漱石 作 職業作家としての第一作目です。発表は1907年 (明治40年) で朝日新聞の連載として執筆されました。明治40年6月に教職を辞して朝日新聞に入社。その第一作として連載発表されました。筆を執る前に登場人物とその性格や互いの関係性が明確に設定されています。私は二度読んで (二度目は途中まで) から、三度目は登場人物の関係を詳細に書き出しながら読み進めました。学者でも何でも無いのに大変でした。最初に読んだときは、書かれている語彙の意味が分からないものが多く注解を常に参照する始末でした。従って登場人物の関係や動きは解らないでいました。読みながら当時の新聞読者は解って読んで居たんだろうか?凄いなあ。それに比べて自分はなんと情けないことかと言う自虐さえ感じました。
甲野欽吾・小野清三・宗近一の友人達三人の内、甲野と宗近並びに恩師井上孤堂は漱石自身を表現していると思いますし、学ぶ学問に依ってはこんな人間性になるという事も表現しています。小夜子と糸子は当時普通の女性を充分感じますし、藤尾はそういう女性からは大きくはみ出して現代でも充分通用するような女性として表現しています。 誰が主人公かと言えば、それは藤尾でしょうね。藤尾の亡父が可愛がっていた宗近よりも煮え切らない性格の小野の方が御しやすいと考える藤尾とその母は、何とか小野の気持ちを藤尾に向けようと小細工を弄します。それは甲野家 (欽吾は腹違いの兄) の財産を母娘で我が物にしようという下心からです。しかし遂に小野も宗近も失う日が来ます。正に二兎を追う者は一兎をも得ずです。欽吾は宗近の妹を娶って家督を継ぎ、小野は恩賜井上の娘を娶り、宗近も外交官となってイギリスへ赴任。男なんてものは我が手の平の上とばかりに考えて翻弄していた藤尾は服毒自殺をします。 漱石はこの藤尾をどうしても生かせては置かないという気持ちで筆を走らせていたようです。作品としてあまり出来栄えは良くないという評価だったようですが、私としては、漱石が何気なく書き連ねた語彙が、極めて広く深い知識に裏付けられたもので有るために、内容を読み取るよりも言葉の意味や底にある歴史事実を知る必要に注意が向き過ぎる点が良くなかったのではないかと思います。この読書感想を書く迄に4~5ヶ月掛かりました。遂には 「登場人物関係性」 という資料を作る事になりました。勿論この資料は蔵書に挟み込んで保存しました。 因みにこの 「虞美人草」 ですが、この言葉は高校1年生だったかな?の漢文授業で知っていました。 四面楚歌と題して項羽が垓下の戦で劉邦に敗れた時に歌った歌に出てきます。 (当時の教科書は残っておらず確かな事は言えませんが、同じ読み下しでは無いようにも感じますが・・・) 力は山を抜き気は世を覆う 時に利あらず騅逝かず (騅は愛馬の名) 騅の逝かざるをいかにすべき 虞や虞や汝をいかにせん 愛人の虞が倒れ死んだ処に咲いた赤い花が虞美人草と言われています。 本棚39 垓下の戦 話しは少し逸れますが、 作品の朝日新聞連載第59回に 「綠濃き黒髪を・・・」 という表現が出てきます。島崎藤村の 〈惜別の歌〉 にも同じように 「君がみどりの黒髪も」 という表現があります。藤村は漱石よりも5歳年下で、惜別の歌は1896年~97年頃の作で虞美人草は1907年の連載開始ですから、互いの影響があったか無かったかは解りません。しかし明らかに、藤村の 「綠の黒髪」 と漱石のそれとは異なった雰囲気を含んでいます。藤村の 「みどりの黒髪」 には色っぽさ・艶っぽさを感じますが、漱石のそれには当時の女性の淑やかさや上品さを感じます。同じ綠の黒髪を表現しても、前後や全体が異なればそれくらい感じ方が違うということですね。藤村は漱石の木曜会には参加していなかったと記憶します。 |
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フリー素材 虞美人草 (ひなげしの花) |
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