《私の本棚 第347》   令和7年2月8日 号

 
「行 人」 夏目漱石 作
 後期三部作で 「彼岸過迄」 に続いて執筆されました。副題としては友達・兄・帰ってから・塵労として設定されています。
しばらく余りにも漱石の息苦しい作品ばかりを読んでいたので、友達では何だかふんわりとして気乗りのしない感があり、途中で何日も間の空く事がしばしばでした。これではいけないと思い気持ちを入れ替えて読書再開。ところが次第に漱石らしい苦しい話しに展開していきます。最後の塵労になると更に心が苦しくざわつくような展開になりました。
 当たり前ですが、私は漱石ほど明晰ではありません。しかし登場する一郎のように何と言う事の無い何かを考えると、家族の考える心とは少し食い違いをすることが多々あります。それ自体は、今の時代お叱りを受けることを覚悟で表現するなら、女と男の思考の食い違いと解釈できます。しかし兄一郎は哲学的思考が普通になりすぎて回りの人達を不安にさせます。本当に哲学として頭脳をフル回転させるなら兎も角、命題を持たずに自分一人で、自分の意思を超えた所で掘り下げて繰り返し考えますから何の答えもでてきません。要するに頭が良すぎるが為に、この問題はここらあたりで良かろうと自分の意思の力で思考を止めることができないのです。詰まるところ一郎は或る意味病的な状況に在るのでしょう。
 作者の漱石自身は、その状態にまでは成ってないけれど、妻鏡子との意思疎通の有り(よう)関係性・実父や養父母との心や金銭関係・義父との関係が心の底にあってこの様な作品になっていると思います。毎日が何をしていても誰と話していても、素直にその状態世界に心を開くことができないのだと想像します。生活費を得るための作家活動以外に、絵を画いたり俳句を詠んだり漢詩を書いたりと多趣味であったようですし知識も広く博学です。作家として慕ってくる弟子も沢山居ましたが、何かしら和気あいあいとはゆかず、本人は気付かない儘、ついつい何でも難しく考えてしまう性質だったのではないかと想像してしまいます。それは取りも直さず生まれてから青年時代までを、滅多に人が経験しないような生活を送ったことに原因を遡る事ができます。それでいて自分を押し殺しながら東京帝国大学を卒業して学者になりました。詳しくは表現されていませんでしたし、道草では 「進む道を作家に変えたからこそ今の自分が在る」 と言っていました。

【三十九】の冒頭に次の文章があります。 (ふりがなは書籍通り)
 
 「()ぬか、()(ちが)ふか、(それ)でなければ宗教(しうけう)()るか。(ぼく)前途(ぜんと)には此三(このみつ)つのものしかない」
(にい)さんは(はた)たして()()()しました。其時兄(そのときにい)さんの(かほ)は、(むし)絶望(ぜつぼう)(たに)(おもむ)(ひと)(やう)()えました。
 「(しか)宗教(しうけう)には()うも這入(はいれ)れそうもない。()ぬのも未練(みれん)()()められさうだ。なればまあ気違(きちがひ)だな。(しか)未来(みらい)(ぼく)偖置(さてお)いて、現在(げんざい)(ぼく)君正気(きみしやうき)なんだらうかな。もう(すで)()うかなってゐるんぢゃないかしら。(ぼく)(こは)くて()まらない」

【五十二】の作品全体の文末は 弟二郎の頼みによって、兄の気分転換旅行に同行していたHさんの手紙言葉で終えています。 (ふりがなは省略多)

『・・・・・・略・・・・・・私は偶然兄さんの寝てゐる時に書き出して、偶然兄さんの寝てゐる時に書き(おは)る私を妙に考へます。兄さんが此眠(このねむり)から永久覚めなかったら(さぞ)幸福だらうといふ気が何処かでします。同時にもし此眠(このねむり)から永久覚めなかつたら(さぞ)悲しいだらうといふ気も何処かでします。』


全体として、一郎兄さん・私二郎・
Hさん達は漱石自身であろうと感じます。漱石自身が問いかけると共に返答をし、更に仲立ちも勤めているようです。
私が読み終えてつくづくと思うのは、漱石の胃潰瘍を治す手立てが無かった時代だから良かったのか、手立てが有った方が良かったのか判らないということです。

※行人は道を歩いて行く人・旅人・使者。塵労とは人間の煩悩や世間の煩わしいかかわりあいを指します。
 
あんな本こんな本、あんな本こんな本サイクリング、漱石、行人、 



 福島県

 相馬中村神社の親子杉
あんな本こんな本、あんな本こんな本サイクリング、漱石、行人、 



 奈良県

 唐古鍵遺跡付近
あんな本こんな本、あんな本こんな本サイクリング、漱石、行人、 



 福岡県 福岡タワーからの夜景

 (孫娘から拝借)

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  (1)吾輩は猫である(1905.01~1906.08)    (2)倫敦塔(1905.01.)   (3)カーライル博物館(1905. )

   (4)幻影の盾
(1905.04.)  (5)琴のそら音(1905.07.)  (6)一夜(1905.09.)   (7)薤露行 (1905.09.) 

   (8)趣味の遺伝 (1906.01.)  (9)坊っちゃん(1906.04.)  (10)草枕(1906.09.)  (11)二百十日(1906.10.) 

  (12)野分 (1907.01.)  (13)文学論 (1907.05.)   (14)虞美人草 (1907.06~10)  (15)坑夫 (1908.01~04) 

  (16)三四郎  (1908.09~12)    (17)文鳥 (1908.06.)  (18)夢十夜(1908.07~08)   (19)永日小品(1909.01~03) 

  (20)それから (1909.06~10)   (21)満韓ところどころ (1909.10~12)   (22)思い出すことなど (1910~1911) 

  (23)門(1910.03~06)   (24)彼岸過迄 (1912.01~04)   (25)行人 (1912.12~1913.11)  (26)私の個人主義 (.1914.) 

  (27)こころ(1914.04~08)    (28)硝子戸の中 (1915.01~02)  (29)道草(1915.06~09)  
 (30)明暗 (1916.05~12)