《私の本棚 第296》   令和2年12月24日号

    「倫敦塔 (漾虚集より)」  夏目漱石 作

 熊本第五高等学校教授在職中の明治33年、文部省から英国留学を命じられた時の事を、遊び心をもって書き残したものでしょう。漾とは漂うとか水のゆれ動くさまと解されますから、明治39年1月に漾虚集として発表された頃或いはロンドン留学中の辛い心象を表現しているのかも知れません。
 書き出しが面白いですね。
・・・・・・ 一度で得た記憶を二返目に打壊はすのは惜い、三たび目に拭ひ去るのは尤も残念だ。「塔」の見物は一度に限ると思ふ ・・・・・・
そう前置きして読者を引き込んでおいて、遠くから眺めていた倫敦塔に入って見学。英国の歴史を紐解きながら、まるで自分がその時代その刹那に臨場しているかのような表現をして読み手を引き込んでいきます。なるほど、漱石ほど英語が堪能で多読でしかもその記憶がしっかり残っているなら、初めて見た記憶とその時に於ける心の躍動はそのままにして残したい。私でも (比較するのは恐れ多いのですが) 、同じ景色を再び目にしたときには、感動はやや薄いものでしか無いでしょう。更に重ねてもう一度眼にすれば、最早心に響くものはさほど無く自宅付近の景色と変わらなくなってしまって居るかも知れません。そんなことを思いながら注解を参考にしつつ読み進めていました。短編ですから現代作家のものなら直ぐに読み終えてしまいますが、そこは何と言っても漱石の作品です。時代も古くその上、英文学・英国歴史・漢文・古典文学の知識が深く、直接的な関係はありませんが絵も上手い。短編だからこそ可能でもありますが、注解を読めば尚理解が深まります。ほう!、その時にはこんな感想を持って見学していたのか。(漱石が末尾に断り書きをしているように、面白可笑しく想像を加えてはいますが) といったことを、私もその場に近づこうとしながら読み進めていました。
最後には、漱石自身が想像を膨らませながら楽しんできた倫敦塔のあれこれを、世話になっている宿の主人に話したばかりに、 「どれもこれもそんな大層なものでは無い」 と彼から軽くいなされます。あーガッカリしたというジョークですね。折角、見学しながら自分の (厖大な) 知識と英語力を引き出して駆使し、まるでその時代のその場所に居るかのような楽しみ方をしてきたのに....。もう二度と誰かと倫敦塔の話しはしない、二度と見物に行かない事にきめたというのは尤もです。書き出しに戻って、そうだったんですねと一件落着。

 「吾輩は猫である」 の発表と時期が重なるので、漾虚集に収められた短編で小説というものの書き方を探っていたようにも思われます。
 
あんな本こんな本、倫敦塔、イルミネーション


 鴻巣山 イルミネーション

 


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  (1)吾輩は猫である(1905.01~1906.08)    (2)倫敦塔(1905.01.)   (3)カーライル博物館(1905. )

   (4)幻影の盾
(1905.04.)  (5)琴のそら音(1905.07.)  (6)一夜(1905.09.)   (7)薤露行 (1905.09.) 

   (8)趣味の遺伝 (1906.01.)  (9)坊っちゃん(1906.04.)  (10)草枕(1906.09.)  (11)二百十日(1906.10.) 

  (12)野分 (1907.01.)  (13)文学論 (1907.05.)   (14)虞美人草 (1907.06~10)  (15)坑夫 (1908.01~04) 

  (16)三四郎  (1908.09~12)    (17)文鳥 (1908.06.)  (18)夢十夜(1908.07~08)   (19)永日小品(1909.01~03) 

  (20)それから (1909.06~10)   (21)満韓ところどころ (1909.10~12)   (22)思い出すことなど (1910~1911) 

  (23)門(1910.03~06)   (24)彼岸過迄 (1912.01~04)   (25)行人 (1912.12~1913.11)  (26)私の個人主義 (.1914.) 

  (27)こころ(1914.04~08)    (28)硝子戸の中 (1915.01~02)  (29)道草(1915.06~09)  
 (30)明暗 (1916.05~12)