《私の本棚 第339》   令和6年7月16日 号

 
「聊斎志異より 「祝翁(しゅくおう)」  蒲松齢 作?著?

 この作品を取り上げた最初の号 (第308号) に、全般的な成り立ちなどを書きました。今回取り上げる祝翁は、誰かから聞いた話が集録されたものではあるけれど満更うその作り話しでもないように感じます。
 濟陽の祝村(しゅくそん) に居た祝翁は50歳の頃に亡くなりました。(※当時の世界的な平均寿命は40歳位) 家人は別室で喪服の用意などをしていますと、死んだはずの翁がせわしく呼ぶ声が聞こえます。皆は慌てて翁を横たえてある部屋に行くと、翁は生き返っていました。それを見て家人は皆喜んで翁の回りに集まっていると、苦楽を共にした婆さんにこう言います。
 「わしは逝って仕舞ってこの世には戻らないつもりだったが、何里 (※中国の一里は500㍍位) か行ってつらつら考えるとお前のような年寄りを残して、子ども達に任せると、寒い暑いも人手を煩わせるばかりで生き甲斐も無かろう。いっそわしと一緒に行った方が良いと思うたので、連れに戻ってきた」 と言います。(※すこし簡略に表現直しをしました)
皆は生き返った者の悪い夢見と思って信じませんでした。家の事を早く片付けてわしの横に寝るようにと爺さんが言うので、婆さんはそれらしく合わせるように一寸だけ席を外してから戻ります。更に爺さんが死装束に着替えろと言うので、家族が隠し笑いをしている傍で爺さんの横に並んで伏せました。家人は皆更に笑いを堪えていると、みるみる婆さんの笑い顔が消え、息も無くなり身体も冷たくなりました。爺さんの方を見るとやはり同じです。皆は初めて驚きと共に、事実として受け容れました。
 文章の最後に次のように書かれています。
『康熙二十一年に、(ひつ)という刺史(ちじ)の家に傭われていた翁の弟の(つま)が、たいそう(くわ)しく(それ)(はな)した。』  (※ 康熙二十一年は西暦1682年)
この様な 『後書き文言』 は、私の見落としが無いと仮定すれば初めて目にしました。之は聊斎が様々な話しを蒐集する中で手を加えたものでは無いと想像します。実際に似たような経験をしないと中々位置づけは難しいですね。

 でも科学ですべてが解明できるというのは、まだ未だ妄想に近いとも言えるように思います。人・動植物は命を終えると僅かな骨以外何も残りません。でも本当に何も残らないかと言うとそんなことはありませんよね。肉体や植物は形を変えて元素・分子・原子・素粒子等に分解・結合されて大きな意味で地球上 (それとも宇宙? ) に漂います。では其の人の心はどうなるのでしょう? 。そんな形の無いものは残らないとも言えます。しかし肉体を構成する元素・分子・原子・素粒子等が在ったから心があったのでしょう。 「陸上で生きられたら楽なのに」 ・ 「もっと首が長かったらあの葉が食べられるのに」 ・ 「早く走れたら逃げられたのに」 ・ 「自分の種を風に乗って遠くへ飛ばせたら仲間を増やせるのに」 ・ 「種を動物のお腹に入れて遠くへ運んでもらえたら良いのに」 ・ 「他の生物に食べられないように見つかりにくい身体だったらいいのに」 ・ 「自分のからだが凄く嫌な味がすれば動物に食べられないのに」 と言う様な事を何億何十億年前の微生物や初期の動植物も考えていたのでしょう。更に会話という事を考えると、人間だけが備えている機能ではありませんよね。犬や猫・カラスや雀などの動物、その他の昆虫や土壌生物・微生物、一般的に名も知られていない植物も会話やそれに近い行動や機能で種を保存しています。
 話したり考えると言っても、教科書の問題を考えるのとは違います。動植物の身体を形成しているDNAが考えていた (持っていた) のですよね。ならば現在の人知で推し測る事ができない何かがあっても何も不思議ではない。 異次元という言葉もあります。子供の頃聞いたうろ覚えの話ですが、二次関数グラフのX軸・Y軸で点Pを表現するのに、P=(x・y)、P=(x・-y)、P=(-x・y)、P=(-x・-y) と言える、これが四つの次元だと言うのです。更に球体の中心点を基準にカットして行けば、次元世界は無限に在る。次元を行き来できれば人の姿も見えたり見えなかったり、過去・現在・未来をどう定義すればいいのか? と、笑いを交えて話されました。 意味合いはすこし異なりますが、私で例えれば生きている間は○○さんですが、息を引き取れば目に見えない形で広い意味での宇宙に漂います。その後新しい生命を受ける動植物は、数時間前か或いは何十万年前の元素・分子・原子・素粒子等が肉体とかタネという形に変化し命を受け成長します。之は人間の知識技術では為し得ないことです (人工授精とか身体細胞の微小片を培養育成する。あるいは山中伸弥博士の手になるiPS細胞でさえも為し得ません)
 そもそも宇宙はどのようにして出来たかという事さえ解っていません。 「ビッグバン」 という言葉は多くの人が知っていても、イメージし理解出来るという人は世界中の学者でも限られた人達のようです。全宇宙が米粒か握り拳かアドバルーン位の大きさだったか (想像不可) 知りませんが、あるとき更に想像不能レベルの大爆発を起こして今の宇宙になった。その時期は地球から見える最も遠い星が280億光年彼方だから、少なくともその頃にビッグバン、なんて言われても解りません。そうですよね、気易く 「解る」 等と言う人はそれこそ似非(えせ)者ですよね。ブラックホールは凡そ100年前にアインシュタインが理論を発表しました。しかしそれを確認撮影できたのは2019年の事です。

 ずいぶん話しが逸れてしまいましたが、一般人である私たちは何でもかんでも鼻で笑わないで、祝翁のような事も有るかも知れないなあと思いながら日々を過ごすのが楽しくて良いかなと思います。
 
あんな本こんな本、あんな本こんな本サイクリング、聊斎志異、祝翁 

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