《私の本棚 第314》   令和4年3月30日 号

  「聊斎志異より 西湖主(せいこしゅ)」 蒲松齢  作?著?
          《過去の善行のおかげで仙境に行って美女を得、一族栄え、主人公は仙人に。中国一大夢想奇談》


  翻訳者(研究者)の柴田天馬氏はその序言で、原本は重複したりしているものも有り、順序を置き換えた作品もある、と述べられています。しかしこの西湖主は今読んでいる全一冊大活字版も全四巻文庫版も共に、第一巻の第一話になっています。従ってこれを最初にご紹介するのが良いと思いました。題名下の《》書きに関しては大活字版の序言などには何ら説明が無く、文庫版には《》書きそのものがありません。従ってこれは柴田氏が、その小編の内容をイメージとして捉えて書き、読者がスムーズに入り込めるように配慮されたものと理解します。何よりもこの西湖主の《》書きにある--中国一大夢想奇談--の言葉はこの篇にのみ記載されていることもその標しでは無いかと思います。
 読んでいて、読書感想というよりも物語の註を併せ読んで、私なりに成る程と理解した内容を、その言葉で《》書きよりも少し詳しくご紹介する方が適切なように感じました。では....、
 秀才(官吏登用制度名)の陳は副将軍の賈綰(かかん)の下で働いていました。ある日洞庭湖に船を泊めていたとき、水面にいた龍を賈綰が射ましたが、陳は可哀相になり薬を付けて助けてやります。その一年余り後に陳は再び洞庭湖を渡っていましたが、嵐で死にそうになります。どうやらこうやら連れの下男共々命拾いをし、知らぬ土地を彷徨ったすえ大きな城に迷い込みます。そこではすんでの事で首を切られる事態になったのですが、姫君の落とした手拭きに、つい書き込んだ詩が大層姫のお気に入った事で助かると喜んだのもつかの間、姫のお付きの者があれこれ経緯を王妃に告げ口してしまいました。絶対絶命と覚悟をした陳ですが、その顔を見た王妃は陳の手を取って礼を言います。それというのもこの王妃は一年余り前に洞庭湖で陳が助けた龍だったのです。陳の頭が混乱し動転している状況に重ねて、王妃は姫を今夜から貴方の嫁にすると言うのです。混乱と嬉しさでわけの分からぬまま初夜を迎えました。陳はこの御殿で数日を過ごした時、家族が心配しているだろうと思い、下男だけ家へ戻らせます。この下男が帰宅したのは船の遭難から一年余りも経った後でした。更にその半年後陳が戻ってきたのですが、大層な身なりと多くの宝玉を携えていました。妻のあった陳ですから戻れば五人の子宝に恵まれ、大金持ちで子だくさんの幸せな家庭を築きました。
 しかしこの陳は龍の分身の術で戻ってきたものであり、龍の世界では年を取らずに幸せに暮らしていたようです。
 この物語を読んでいて浦島太郎の物語を思い出しました。浦島は一瞬で老人になりますが、陳は人間の数百倍の長きに亘る命とその後神になるという運勢が開けます。

 因果応報という言葉とも結び付いてきますね。龍を助けるという善行が自分の家族を繁栄に導くと共に、自分自身も永遠の命と幸せに繋がりました。折角ですから洞庭湖にまつわる杜甫の漢詩をご紹介しておきます。

  岳陽楼に登る (五言律詩)        杜甫
  □ 昔聞洞庭水    昔聞く 洞庭の水
  □ 今上岳陽    今上る 岳陽楼
  ◇ 楚東南坼    呉楚 東南に坼け(さけ)
  ◇ 坤日夜浮 (フウ)    乾坤 日夜浮かぶ
  ○ 親朋無一字    親朋一字無く
  ○ 老病有孤    老病孤舟有り
    戎馬関山北    戎馬関山の北
    憑軒涕泗    軒に憑って涕泗流る
※ □・◇・○ はそれぞれ対句  文字は韻

       昔から洞庭湖の眺めの素晴らしさは聞いていたが、
       今こうして岳陽楼に上って見ることができた。
       呉と楚の地がこの湖によって東と南に裂け、
       天地のあらゆる物が昼となく夜となく湖面に浮かぶ。
       今、自分は親戚・朋友から一字の便りもなく、
       老いて病む身を一そうの小舟に託している。
       まだ関所の北では戦争が続いている。
       楼の手すりによりかかっていると、涙がこぼれるばかりだ。

                              (石川忠久氏 訳)
 ではまた皆様も機会があれば作品を是非ご一読下さい。

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