《私の本棚 第325》 令和5年5月8日 号
聊斎志異より 「 醫 術 (いじゅつ) 」 蒲松齢 作?著?
西湖主に続いてのご紹介です。 姓を張という貧乏な男が歩いていると、人相の良い道士に出会いました。彼は張を見て 「お前は術を生業にすると、きっと金持ちになる」 と言います。しかも医者が良いというのです。張は二三の文字しか知らないのでそんなことは出来ないでしょうと言いましたが、道士は 「文字なんぞ知らなくても良い、らしいことをするだけで良いのだ」 と言います。張は貧乏で仕事もなかったので、民間処方のまねごとをしてその日暮らしをしていました。 あるときこの山間僻地の太守が酷く咳のでる病気に罹り、医者を探しました。村のものは張を推薦します。張自身も喘息に罹り苦しんでいたのですが仕方無く出向きました。途中、余りに喉も渇くので、野菜を洗って泥水が溜まった鉢を見てその水を飲みました。すると喉の渇きが取れると共に咳も止まって仕舞いました。これは名処方だとばかり太守にも同じようにすると、忽ちにして回復。沢山な礼をもらった上、表彰状まで頂戴します。それからというものは何でもこの調子で名医の名は高まるばかりで、素封と呼ばれるようになりました。以後は益々金持ちで無ければ診療しなくなりました。 また別の韓翁は名医として有名でしたが、無名の頃偶々宿を借りた家の子が傷寒 (インフルエンザや腸チフス) で死にそうになっていた。何とか助けてやって欲しいと頼まれたものの術が無い。いらいらしながら体を掻いていると汗と垢で丸薬のようなものが出来たので、これを飲ませても大して差し障りは無かろうと処方した。ところがこれが抜群の効き目。手厚い贈り物をもらった。 この二つの事例から、医は算術ではなく仁術と言いたいところだが、これは誤術だと言う笑い話です。 |
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