《私の本棚 第226》 平成27年11月号
この作者の存在はTV番組 「白熱教室」 で知りました。淡々とした語り口、哲学の講義を聴いているような感覚。整然と語られる口調と内容からは誠実さが伝わってきました。この作者の書いたものなら是非読みたいと選択したのが1989年作、日の名残です。 1954年11月長崎生まれ。5歳の時に家族と渡英し、公の生活は全て英語を貫いています。この作品はイギリスで最高権威を有するブッカー賞を受賞。記憶を辿っても、このような不思議な肌感覚の作品は思い起こせません。淡々と・温かく・訴えかけるのでも無く考えさせられるのでもなく疲労感が残らない物語です。話の展開はまるでロンドン名物の霧そのものが仕切りでありドアであるかのような、いつの間にかしらず知らずに別の空間に誘われています。 古き良き時代の英国紳士、そこに仕える執事や女中頭が凜とした各々の立ち位置の中で生きています。執事頭のスティーブンスは最高の品格を身に付けた執事たらんと努力を重ねています。そしてそれは成功したと言えるでしょう。雇い主の希望する事を先読みしながら実行する。あらゆる事態に備えて執事や女中を采配し、一点の曇りも無いほどのお屋敷運営をする。不必要な関心は持たず雇い主と来客の話は聞いて聞こえず絶対に漏らすことはありません。その場の完璧な心地よさを常に考えています。しかしこれだけ立派な品格を身に付けたスティーブンスも、否、品格を身に付けた故に、女中頭ミス・ケントンの自分に対する想いを感じても上手に受け止めることが出来ませんでした。 ミス・ケントンとは彼女が退職結婚しミセス・ベンとなりそろそろ孫が生まれるという頃に再会します。彼女からの手紙がきっかけで、スティーブンスも優れた女中頭を探しているタイミングした。彼女は結婚前からの自分の思いや、結婚生活における幾度かの心の揺れを語ります。最後には「もしも選択が貴方であったら」という言葉まで口にしますが、最上の品格を身に付けてしまった執事頭は、更に一層本心を表現できず、せめての言葉がけさえも出来ません。何ものにも動じない最上級の執事として別れます。 霧の存在を強く感じます。この理由は後日 「忘れられた巨人」 「ケルト民話集」 を読んだ後、何となく晴れてきました。 このサイトをアップする前、自分のミニコミ誌 (2015年11月号・第224号) で作品紹介をし、2016年度ノーベル文学賞受賞予感を話していたことが一年遅れながら現実となりました。 2017年度 ノーベル文学賞受賞 心よりお目出度うございます |
瀬戸内夕景 |
前の頁、火花 次の頁、ボヌール・デダム百貨店 VolV.目次へ VolV.トップ頁 Vol.U トップ頁 Vol.T トップ頁 (1)遠い山なみの光 (2)浮世の画家 (3)日の名残 (4) 充たされざる者 (5) わたしたちが孤児だった頃 (6) わたしを離さないで (7)夜想曲集 (8)忘れられた巨人 (9)クララとお日様 |