《私の本棚 第304》   令和3年8月29日号

      「ジェルミナール」  エミール・ゾラ 作

 ルーゴン・マッカール叢書の第13巻になります。元々そういった叢書に含まれるものとは知らずに 「居酒屋」 を読んで、何年も後に 「ナナ」 を読みました。更にその後偶々近くの書店で書籍 「ルーゴン家の誕生」 を目にして購入、と続きます。何代にも亘る家系の登場人物が世の中の下層から上層まで、様々な生き様を書いたものとは気づかないままでした。今後、家系の流れを追って読み返すということは、自分の年齢や読みたい本・やりたい事が多い中、難しいと感じています。
 1885年 (明治15年) 刊行。フランスに於いて激変の時代に執筆されたものとなります。 (フランスの歴史ウキペディア)
物語は主人公である機械工の青年エチエンヌが深夜にヴォルー炭鉱の町に辿り着く所から始まります。最初の頃はその劣悪な環境下で労働することをためらっていましたが、パンの為に地下労働に従事します。真面目で良く働く所から、暫くすると新参扱いでは無くそれなりに引き立てられます。その後、劣悪な労働環境条件を何とか改善したいと、労働運動に立ち上がりますが、思うような結果にはならずこの地を去ります。
 話しとしてはそれだけなのですが、延々と語れる中に、当時の下層労働者 (炭鉱労働者) が置かれていた境遇がよく表現されていると思います。地下数百㍍の劣悪環境下での長時間労働と極めて低い賃金、どうにか命を繋ぐ程度の食事。自然の流れで子沢山。食べるのに精一杯で子供の教育などとても手が回らない、それどころか放置状態。結果は、子供が子供を産むという悪循環。
この本を読んでいて作者の思いとは少し外れたかも知れない事に気づきました。
  1.地底数百㍍の横穴で石炭運搬の為に生涯を終 える馬が居たこと
  2.年金や共済基金があったと言うこと
  3.家庭のベッド横に排泄用の壺が置かれていたこと

1. の馬はその環境に馴染めずに、呆けてしまう一頭が表現されています。当然と言えば当然で、真っ暗闇の中にランプの明かりだけなのですから。私はこれを読んだとき、栗原貞子の 「生しめんかな」 を思い起こしていました。

2. 年金は驚きでした。ただ、翻訳者の解釈もありますし、書かれている年金がどのようなものであったかは詳細には分からないという事もあります。しかし、日本の厚生年金は昭和29年5月19日 (1954年) 成立で、国民年金は同じく昭和34年4月16日 (1959年) 成立です。

3.ベッドの横に排泄用の壺が置かれており、主人公が居るそばでうら若い女性が用を足す表現があります。青年のそばでというところが劣悪環境を表していますが、 「排泄用の壺」 そのものは、当時のフランスではそれほど驚くに値しないことだと思います。読んだ書籍名は忘れましたが、或る時代のパリでは、通りの側溝には汚物汚水が流されており、時には二階の窓から壺をぶちまける者も居たとありました。ルイ14世の時代には、王様のおまる係も居たという事です。

 勿論日本でもそれに近い事は当たり前のように行われていたのでは無いかと思いますが、確認出来る書籍は見当たりません。「糞尿譚」のようで申し訳ありませんが、私の小学生時代には農家の方がリヤカーに桶を積んで、家庭の糞尿溜めから汲み上げて持ち帰る人がいました。今から思えば驚くべき事に、その農家の方はお礼としてタバコ銭くらいを払っておられました。有機肥料を戴いたお礼ですね。有機肥料で育てた野菜は本当に美味しいのですよね!?・・・・・・・。勿論今は牛糞や鶏糞程度でしょうけれど。
 この本を読んで、 「かつてのフランスは随分劣悪な労働環境だったんだな」 と感じられた人は、因みに日本の労働基準法5条6条を読んで、更に山本茂実氏の 「あゝ野麦峠」 や小林多喜二の 「蟹工船」 などを読まれると様々な事が感じられると思います。わたしたちが知る一般的な日本の歴史は、貴族や優雅な和歌の世界や殿様と取り巻きなどの表面だけでしょうね。
 
あんな本こんな本、あんな本サイクリング、ゾラ、ジェルミナール、炭鉱


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