2018年4月28日(土)〜5月6日(日) 
     四国 39番延光寺から67番大興寺まで・・・こども達と一緒に巡ったみち

          
69歳(もうすぐ70歳)

第4日目(5/1)  46番浄瑠璃寺〜53番円明寺 

5/1行程表






5/1 地図




53番 圓明寺の文字が違っていました

 
勾配図





 
 朝は5時頃には起きたと思います。宿の窓から見る景色は久しく忘れていたものでした。5:28の景色です。 
いやしの宿八丁坂






 
 ツバメが鳴き交わす声を聞きながら霧にかすむ風景を暫く眺めていました。女将さんの話しでは、今日は晴れた良い天気のようです。食後は皆めいめいに出立です。私も今日の行程で気の滅入るような道はありませんから軽やかな気持ちでスタートしました。少し行くと台湾人 (メモの中国人は誤り) のリーさんが歩いています。 「お先〜」と後ろから声をかけると、今ひとつ意味が通じ無かったのか、少し驚かれたようすでした。久万中学校前からR33を右折すると、登校の中学生と次々とすれ違います。自転車通学の子はヘルメット着用。どの生徒も 「お早うございます」 って挨拶をしてくれます。こんなふれあいは気持ちが良い。 
R33 分岐地点





 
R33 分岐地点





 宿を出てから約40分後に自動車道との分岐に差し掛かりました。自転車はここを直進。比較的なだらかな坂が続きます。
三坂峠






 
 峠の頂は標高720メートル。それほどキツかったとは記憶にありません。恐らく 言葉は悪いですけれど '坂呆け' でしょうから、自分も走って見ようかなと思われる人は、全体を通じてキツい坂道ばかりと思われた方が良いでしょうね。下ってくる練習中の青年、峠を越してからは登ってくる青年達とも何人か挨拶を交わしました。坂道練習のコースになっているようです。勢いよく下っていると急に視界が開け遠くに町並みが見えます。停めて写真を撮っていると車でドライブ中の男性も降りてきました。どこの町並みか尋ねると、東温市だろうとのことです。 
東温市遠望



 左の奥が 東温市らしい

 
7:55に分岐別れした三坂道路と再合流しました。(8:45) 
R33 合流地点 





ここからは少し道標に気を付けて、右カーブの後、塩ヶ森トンネルの手前を左折する必要があります。とは言っても案内標示が見にくいとも紹介されていましたから、少し気を遣います。ところがそのような声が多かったのか、立派な看板が立っていました。 
46番浄瑠璃寺への道標




 
 2.8qと書かれています。計画をしている時から、この道を下るときはハンドルバーに固定したデジカメで動画を撮ると決めていました。この写真が少し右へ傾いているのはハンドルの傾きです。動画を挿入できないので皆様にお見せできませんが、このみちはそれなりの傾斜で、幅は軽自動車が一台走れる程度。舗装路面とは言え大通りのような仕上げではなく、更には小枝や枯れ葉が積もっていたりと注意が必要。私がすれ違ったのは一台の軽乗用車と二台の軽トラだけです。軽乗用車とのすれ違い時は路肩が不安定なため、ハンドルに添えた手で待ってくれるよう合図をしました。
 撮影した動画は凡そ2qの区間で18分程度の記録です。路面のがたつきに合わせてハンドルバーの鈴が優しい音色を出します。お遍路モードで控えめにチリ-ンリンリン-と良い音でした。お聞かせできないのが残念です。降りてきて人家がある辺りでR194に合流、此処で左折すれば46番浄瑠璃寺は直ぐです。この交差点でイケメンの- - - 若い人の口癖を真似ているのではなく- - - 本当に清々しい男前の青年が道を思案していました。今降りてきた道を伝えると礼を言って分かれましたが、どうやら私が世話になった宿の近辺で宿泊する予定らしい。「一応7時間の予定をしています」 とのこと。「それは順当でしょうね」 と言葉を交わして分かれました。    程なく浄瑠璃寺に到着。
 
46番浄瑠璃寺



 46番 浄瑠璃寺


 
自転車が写っていませんが、この写真撮影後 右の大きな石組みにもたれかけさせたと思います。いつもと同じように般若心経を唱えお寺を後にしました。八坂寺までは1qですから直ぐお隣です。予定どおり到着。 
47番八坂寺



 47番 八坂寺
 
 どこのお寺でもそうですが、私は筋金入のお遍路さんではありませんから、お参りの作法も正式ではないことを承知しています。ですから、本堂でお賽銭を上げると階段下の端へ降りてからお経を唱えます。一昨年の秋、去年の連休と経験をしていますからだんだんと詰まらずに上げられるようになりました。今日で四日目、ここから先は街中を走る足休めの道です。明日とあさっても街中ですが天気予報では雨となっています。順調に走れていますし気持ちも楽です。ホテルに到着する時刻によっては松山市内の札所二つも今日中にお参りをしたい。
             48番西林寺へ到着。
 
48番西林寺




 48番 西林寺
 
 そろそろお腹が空いてきます。写真を改めて見ていると、この立ち位置は少し高くなっていて何か他のお寺と少し違う感じがしていたことは蘇ります。それ以外に印象に残る出会いとかも特にはなかったような気がします。仕方がないですよね、この程度の記憶でも。次は49番浄土寺へ向かいます。伊予鉄道の踏切を渡り鷹子駅北交差点を左折するとすぐにファミマがありました。ランチタイムです。おーいお茶とミートソーススパゲティを買って外のベンチで戴きました。目の前の小松街道R40を多くの車が走っています。ぼんやりと眺めながら - -眺められながら - - 気持ちはゆったりと食事をしていました。新聞配達員と思われる男性がたばこ休憩にバイクを停めました。1本…2本と吸い続けます。もう一つ向こうのベンチで吸ってくれれば良いのにと思いますが、そこは店の出入り口に近いので嫌なのでしょう。私も41〜42歳頃までは吸っていましたが、胃と十二指腸の潰瘍を患いそれ以来他人様に迷惑をかけなくなりました。なかなかねえ、止めたくてもやめられないんですよ。
 さあ、腹ごしらえも済んだし腰を上げることにします。
         49番 浄土寺は車の往来が激しい交差点から少し入った所にありました。
 
49番浄土寺




 49番 浄土寺


正面の額では無く 右の柱に「浄土寺」を書かれている
 
 お参りを済ませるタイミングであの 「リーさん」 が入ってきました。そういえば途中の何処かでも追い越したような気がします。道を挟んでの追い越しですから声はかけませんでしたが。リーさんももう少しというか、もっと若い男性との重なる出会いならよかったでしょうにね。で、このお寺では彼女に 「こどもの日」 を手渡す事になりました。ゆっくりとなるべく聞き取りやすい言葉で説明し、 「国に帰られたら日本語のよく分かる人に説明をしてもらって下さい。私はこの話をすると胸が詰まって涙が出そうになることがあるんです。」 とお願いをしました。「リー」 ってどんな文字を書くのか聞いておけば良かったとは後悔先に立たず。
街中だし坂もないので順調です。R40に比べれば狭い道を走ったような感じは残っていますがよく覚えていません。

        50番繁多寺に到着。
 
50番繁多寺




 50番 繁多寺
 
 これだけ次々に参拝を重ねて記憶に残っていないというのは私だけでしょうか?それとも皆さん同じなのでしょうか?。唯一何か記憶にあるといえば、右に映り込んでいる黄色い荷を積んだバイクです。後先は忘れましたが二度ほど遭遇しました。
   51番石手寺は到着して正直なところ 「えっ?何?」 って思いました。
 
51番石手寺




 51番 石手寺
 
 その昔、お大師様は勿論ですが僧侶は知識階級でした。公家や武家、特に僧侶は建築や土木も含めて学問を身につけていましたが一般庶民はある意味無学でした。で、僧侶は国の政に参加する機会を与えられて絶大な権力を持っていた者もありました。しかし、これは私の個人的な思いですが、現代においては一般人に心の安らぎを与える人であり場であるべきと思うのです。そういう気持ちでおりますから、四国の遍路札所で、至極もっともな意見であっても、このような立て札が(内部にも多数)あることに少なからぬ違和感を感じました。何が言いたい訳ではなく、爺さんの素直な感想とお受けとめ下さい。 
51番石手寺






 
51番石手寺





 屋根の着いた長い参道。
51番石手寺




 その奥には土産物店


 
更にその奥に山門がありました。
お寺を後にしてホテルへ向かいます。松山市は自転車でも車でも過去に訪れていますし、懐かしい坊ちゃん列車も走っています。今回は市内見学や温泉は無縁です。お城の前にある全日空ホテル (今回は利用しません) を目標に道を尋ねます。13:40頃 ホテルアビス松山の前に到着しました。予定と比べて3時間ほど早く着いたので雨が降らないうちに明日の先取りをすることにし、堀を右回りにR196を北上することにします。私は当然のこと習慣的に道路の左端を走っていましたが、これがなかなか路面電車軌道との関係で信号の右折が難しいのです。やっと堀の西側に出ましたが、久しぶりに車の多い道路へ出て調子も狂いがちになります。念のため歩く人に道を確認しますが、選んでいるかのように地元でない人です。申し訳ないですが半分だけ信じて道を進みます。 

   取り敢えず自分が分かりやすいと選択した道なりに先ず 53番圓明寺に参拝しました。
 
53番円明寺






 53番 圓明寺
 
 順路は違いますが 次は52番太山寺へ。事前に地図で調べているときから上手く飲み込めないルートでしたが、実際に来てみると疲れもあって尚更わかりにくいと感じました。格好をつけないで話すと方向音痴丸出し。まるで街中で迷子になったような気分でした。長い坂を登った先に札所はありました。と言いますか、撮ってあった動画を見て思い出しましたが、山門を見上げるこの写真へ辿り着く直前は自転車を押し歩きしていましたね。 
52番太山寺





 52番 太山寺 
下るのも急だし人もそれなりに多いので押して歩いています(動画)。犬を連れたお遍路さんが登って来ますので、「車で移動ですか」 と尋ねると 「歩き」 とのこと。人馴れしているはずなのに何度も軽く吠えます。お前にも御利益があるぞと言って分かれました。さて同じ道を引き返して城まで戻ろうと思いますが迷います。北上して西南へ来たんだから適当に東へ進めば行き着くだろうと思いますが何やらそうでもなさそうです。標識を見て進みますがどうも変。大きな道路に出る交差点手前の工場で尋ねると、親切に地図をメモってもらいました。無事に見覚えのある道路にでて城を目指します。やはり几帳面に道路の左端を走っていましたが、自転車に乗る人は皆歩道を走っています。あまり気は進みませんがこの先の左折を考えるとそのほうが良さそうです。松山市は歩道が整備されていて、大人も子供もヘルメットを着用し歩道を走っています。私も城に添って歩道を走らせてもらいました。
      15:47 松山城を見上げて写真を1枚。16:03ホテルにチェックイン。ほどよい時刻です。
 
松山城遠望





 左 松山城
 
 夕食は付いていませんから街中の散歩がてら店を探しますが、飲まない私にはこれといって気に入るところはありません。仕方なく三越のレストランに入って広東麺を食べました。お客さんの様子が気になって窺っていると、どうやら閉店時間が近い。未だ 6:30 なのに。店員に尋ねるとビル全体が7時閉店とのこと。ちょっと落ち着きませんでした。
 ホテルの部屋で5月2日の行程表を確認します。太山寺と円明寺は済んでいますから直接54番延命寺に向かうと5時間しか掛からないことになるので南光坊へ到着した時の都合で5月3日の予定も先取りしたほうが雨のことを考えると良いかな。
 明日は雨予報。まあ街中やし行程の先取りもしたし、なんちゅうことはないやろ。朝食バイキングを食べてゆっくり出発や〜。
 


   第1日目(4/28)  輪行〜39番延光寺〜40番観自在寺へ戻る

    第2日目(4/29)  41番龍光寺〜43番明石寺へ戻る

   第3日目(4/30)  44番大寶寺〜45番岩屋寺へ戻る

   第5日目(5/2)   54番延命寺〜59番国分寺へ

   第6日目(5/3)   61番香園寺〜64番前神寺へ

   第7日目(5/4)   60番横峰寺へ

   第8日目(5/5)   65番三角寺〜67番大興寺 そして 金刀比羅宮へ

   第9日目(5/6)   いよいよ帰途へ そして 感じたご縁と私の遍路へ


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