《私の本棚 第292》   令和2年9月30日号

    「北欧の神話」   山室 静 著

 ある日 買い物をする妻と別れ、漱石関連の書物を求めて京都四条通りにあるジュンク堂に入りました。張り紙には近々閉店のお知らせとあります。お気に入りの書店、淋しい気持ちになります。何を買うつもりは無くても、疲れたときにブラブラと書棚を眺めて歩いていると、それだけで気持ちが休まります。目的の書籍を篭に入れて、何となく文庫本の棚を見ていると神話のかたまりが目に入りました。色々な著作があります。その中から読んだことが無いものを選んで購入したのが 「北欧の神話」 と 「ケルトの神話」 ・ 「ギルガメシュ叙事詩」 の三冊でした。特に神話に関心を持っているわけでは無いのですが、語り継がれてきた話しという事に何となく惹かれます。因みにこれまでに読んだ同系列のものは、古事記アイヌ神謡集ケルト民話集インド神話ギリシャ神話アーサー王物語・ハンガリー民話集といったものになります。
 これらの民話・神話に共通するものとして、人間世界創世期が皆大変似ている点があります。最初に語り始めた人の思いは不思議に似通っています。何も無い暗黒の広がりであったり、この神話のようにただ一面に霧につつまれていてなにも見えない世界であったりします。当然ですが、今のように人類の歴史が判っていたわけではないので、ただただそう感じるしか無かったのでしょう。しかしそれでも、そのように思い巡らすこと自体が大変な事であったと思います。筆者が冒頭に解説されている中に、限りないこの世界はただ一面に霧につつまれていて、大地も無いぼんやりとしたかたまりの真ん中に、ギンヌンガの裂け目がはかりしれないほど深く大きく広がっているだけでしたとあります。更には、ギンヌンガのふちの北がわは霧の国、南がわは炎の国とも書かれています。これらはアイスランドの活火山や霧の街ロンドンを彷彿とさせます。 「ロキの子どもたち」 の話しには次のように書かれています。

--- 戦場でたおれた勇士はアスガルドのワルハルに運ばれていきますが、病気や老年のために死んだ人間はみな霧に包まれた地下の国にいくというのが、昔の北欧人の考え方でした。 ---

私はこの霧という言葉に惹かれるものがあります。現代に話しを転ずると、
カズオ・イシグロの作品(トップ頁から)を想い出すのです。そのような世界にとてつもない大男や大女、小人。神であり普通の人間であったりする人々が登場します。あらゆるものに神が関与し宿っています。北欧はケルト民族が興りその後ヨーロッパ各地に広がっていきました。その血は薄められて民族としては存在しなくなっても、ヨーロッパ全体で歴史に残る以前からを想像すると、彼らの神話に出てくるような話に似た神話が各国にあっても不思議ではないと思います。ギリシャやローマでもこの世の万物に神が宿ると言われていることも、何らかの思いが根底で共通している様にも思います。ストーンヘンジはイギリスにありますが、青森県にも環状列石があります。歴史的には説明はできなくても、何かしら壮大な人類のDNAにすり込まれているものを排除仕切れないと感じます。 イギリスの作家シェークスピアが書いたベニスの商人という話しは、多くの方々が子供の頃に読まれたと思います。1594~1597年頃に書かれたものですが、この内容とそっくりな物語が残されています。 「シフの髪を切った話」 という物語の中に、次のようなやり取りがあります。
「いいとも、さあ、頭を切り落とすがいい。だが、一センチでもおれの首に傷をつけたら承知しないぞ。頭をやるといいはしたが、首をやるとはいわなかったからな。」  これは紛れもなくシェークスピアが神話からヒントを得たのでしょう。
 著者の解説には、アメリカの神話学者エディス・ハミルトンが述べた言葉が紹介されています。

「北欧神話は奇妙な世界だ。それは人間の空想した他のいかなる天国にも似ていない。そこには何ら喜びの輝きはなく、幸福の保証もない。しかもその上に避けがたい破滅の脅威がのしかかっている深刻厳粛な場所だ。神々は知っている、いつかかれらの滅びの日がくることを。やがて彼らは敵を迎えて、敗北と死の中に没しなければならぬだろう。善の力の、悪の力に対する防戦は絶望的だ。にもかかわらず、神々は最後まで戦うだろう。そして人間性にとってもこのことは不可欠なのだ」 と。

また、カエサルの記した
ガリア戦記にもゲルマン人について触れられています。今の若い人達はバイキングの活躍?するドラマを見たことは無いと思いますが、彼らこそが神話の世界から出てきたような印象を受けます。しかし古代の人達の想像力は本当に凄いと思います。
 
あんな本こんな本、北欧の神話 




 フリー素材


  前の頁、ペスト  次の頁、ケルトの神話  Vol.Ⅲ.目次へ  Vol.Ⅲ.トップ頁 

 Vol.Ⅱ トップ頁  Vol.Ⅰ トップ頁


   ギルガメシュ叙事詩    ケルトの神話  北欧の神話  ケルト民話集  アーサー王物語  ギリシャ神話 ハンガリー民話 

   インド神話  アラビアンナイト  古事記   ガリア戦記  アイヌ神謡集