《私の本棚 第276》   平成30年12月23日号

 「わたしたちが孤児だったころ」  カズオ・イシグロ 作

 2000年の長編第五作目の作品です。長じて探偵として大成したわたしクリストファーが思い出を語る形で構成されています。
幼いころは両親に連れられて上海の租界地で暮らしています。いわばイギリス人としてよりも租界地に暮らす人として成長していきます。
両親はあるとき先ず父親が行方不明になり、月日を経ずして母親も行方不明になります。孤児院から一旦イギリスの叔母の元へ引き取られて帰国。努力の末夢であった私立探偵となり次第に凄腕の探偵として名が広まります。この辺りはシャーロック・ホームズを彷彿させます。自分が為すべき最重要な仕事は父母を探す事として上海に渡り、苦労の末解明した事実は悲惨を極めるものでした。全てを忘れて今後の身の振り方を考えるところで終わっています。1958年57歳のわたしは29歳・30歳・36歳当時の思い出を語り続けます。しかしそのそれぞれの年齢においても過去を振り返っています。過去を振り返る中で更に記憶を遡るという面白い展開です。
 上海は作者の祖父と関わりがある土地柄ですし、クリストファーが最後に語る1958年も作者がイギリスに渡った頃と開きがありません。上海でアキラという日本人の友達がいたという設定も何かしらを感じさせるものがあります。ある意味で自分自身が何者なのかを問い続けてきたのかも知れない作者の、心的不安定さを表現しているのでしょうか?

 私はこの作者を初めて知ったときから、彼は哲学者だと感じていましたが、頭脳明晰な家系のようです。
麦畑と一軒家、あんな本こんな本、あんな本サイクリング、カズオイシグロ、私たちが孤児だった頃




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 令和5年8月24日追加

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 (1)遠い山なみの光   (2)浮世の画家   (3)日の名残   (4) 充たされざる者  (5) わたしたちが孤児だった頃   

 (6) わたしを離さないで    (7)夜想曲集     (8)忘れられた巨人    (9)クララとお日様