《私の本棚 第349》 令和7年4月1日 号 「サイト管理者のおもいで話し」 |
このサイトをご覧の皆様方にも忘れる事のできない色々な思い出があることでしょう。私には日付と時刻まで消えることが無い驚きの思い出があります。令和3(2021年)4月1日(木)の21時半頃のことです。 「今日は何月何日か分かりますか?」 と質問され 一瞬の間を措いて 「エイプリルフール」 と答えました。 総合病院待合室ベッド上の出来事。 この日は夕方の散歩で300㍍程進んだ所で歩けなくなり、やっとの事で自宅へ戻り2時間余り休憩をすると落ち着きました。木曜日はかかり付けの内科医院が休診でしたから車を運転して総合病院へ。そこで2時間あまり色々な検査を受けた後、「このベッドで待っていてください」 と指示された時のことです。 横になっていると、「これから手術をしますから着替えをして戴きます」 と看護師さんの言葉。私にすれば余りにも唐突。起きて自分で着替えようとすると、寝ていてください着替えは私が行いますと言われます。その時の質問が、今日は何月何日か分かりますか?でした。それで答えたのがエイプリルフール。なんでそんなことになるの?あり得ないでしょう!の感覚でした。でも手術室でモニター画面に映し出される自分の動脈を見ながら説明を受けると納得でした。過去にTVで見たのとそっくりな状態です。心臓横の太い動脈の途中が紐状になっています。1週間ほど入院の予定と聞きましたが翌々日の午後には退院できました。 後日思い出した事があるのですが、2015年4月30日にサイクリングで竜泊ラインを登った時に大変苦しかったのです。予定を終えて帰宅し何日も経ってからも平坦路でさえ苦しかったのです。どうも変だと感じて内科医に相談すると、心電図検査をしてくださったのですが異常は無いとのことでした。私のような理解し難い症状が出た場合は、躊躇せずに総合病院へ行かれることをお勧めします。 さて、もう少し思い出話らしい過去に遡りましょう。とは言いましても殆ど思い出の無い時代の話しなので、軽く読み流してください。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 鬼のでてくる童話があります。この歳になっても、園児か小学一二年生の頃に 「ももたろう」 や 「こぶとりじいさん」 の絵本を読んでもらった思い出が浮かびます。鬼と言っても凄く怖いものではなく、簡単にやっつけられてしまうので笑って絵を見ていました。 でも 「生き仏」 という言葉を知ったのはいつ頃だったか記憶がありません。ひょっとすると紙芝居で見ていたのでしょうか。当時、そうです、むかしむかしその昔お爺さんが可愛い?! 子供の頃は、紙芝居が大流行でした。カンカンカーンと拍子木の音が聞こえると、おっちゃんの元気な語り口と水飴が楽しみで、炎天下に五円玉を握りしめて走って行ったものです。 中学生になると、将来やりたい仕事のことをうっすらと思うようになりました。それは船乗りです。海が大好きで行けば岩場で素潜りをして遊び、遠くに船が進んでいると 「ええなあ~ 」 と眺めていたのを覚えています。 ある日、進路の話しに絡めて船員になりたいということを口にしました。しかし詳しく聞く気の無い親はただ一言、 「あかん! 進学コースへ入って京都大学へいくんや」 当然ですが親に頼らなければ生活は出来ません。その上近視でしたから、確かな知識も無いままに 「目が悪いし船乗りにはなれへんかなあ」 という思いもありました。それでもあきらめ切れず、中三になってからもう一度話そうとしましたが、無視されて仕舞いました。 仕方なく親の言うままに進学をしましたが、勉強に励もうという気持ちは起こりません。一般の大学へ進みたい、という希望も無いのに当然でしょう。そんな鬱鬱とした日々でした。当時は、自分が人生の分岐点に居るということなど知る由もありません。 高一で記憶に残るのは、入学祝いに買ってもらったサイクリング自転車で、時々走っていたことや、一泊二日で琵琶湖一周 (今で言うビワイチ) をしたことだけです。親が気付かない私の心状を、級友達や先生が感じるはずはありません。物語ではなく 「鬼と生き仏様」 を目の辺りにしたのは、正にこの頃のことです。 二学期の中間定期試験が終わってから鬼に出会いました。数学の授業中、先生が突然こう言われたのです 「――恥知らずな人間もいる――」 と。その顔が鬼に見えることは無かったのですが、自分のことを言われていると察して 「僕の苦しい心を知らずに、どうしてそんな事が言えるのか? 」 と打ち拉がれました。 そのことがあった何日か後、日本史の先生が、 「テストは休み時間に職員室で返すから、名簿順に取りに来なさい」 と言われました。 職員室では、 「今回はだいぶん勉強をしたんか? 」 と問われます。 私は素直に、 「教科書を三時間ほど読んだだけですが不思議に頭に入りました」 と答えると、 「そうか」 と笑顔で相槌を打たれました。 翌週、先生は授業を始められる前にこんな一言を生徒達に仰しゃいました。 「世の中に恥知らずという言葉があるが、恥を知って恥を掻き捨てる人もいる」 と......。 教室で、何故の発言か解る生徒はおそらく私以外にはいなかったでしょう。この時、心に湧き上がったのは 「先生は僕の今の心を理解して下さっている」 という、喜びとも安堵感とも言えない不思議な感覚でした。 その瞬間、先生のお顔に後光が差したのです。つい先ほどまでごく普通のおじさんにしか見えかった顔が、光に包まれています。生き仏様とはこの様な事を指すのだと、生まれて初めての体験でした。同時に、先生達の間では私の事が話題になっているのだろう。鬼も生き仏も実際にいるのだなと思いました。 高一から社会人にかけての十年余りは、船乗りの夢を忘れ去ることのできない苦悶の年月でした。それでも投げやりにならず、道を踏み外さず、人々との出会いに済われました。思い返せば生き仏様は勿論のこと、鬼も私にとっては或る意味で大きなご縁。仏には成れなくとも鬼にだけは成らないよう気をつけよう。明るく楽しい青春時代を知らなかった私も、やっと夜明けを迎えたのです。 さあ! こんなことを思い浮かべている私も、もうすぐ喜寿。あと一息。小学生の頃の気分に戻って、明るい終末期人生のはじまり始ま~り! 。 |
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