《私の本棚 第257》 平成29年11月29日号
作者は1791年ウイーンの弁護士の家に生まれ、成長してウイーン大学で法律を学びました。在学中に父が亡くなります。ここから彼の人生は波乱のものとなります。努力の末、宮廷劇作家になりますが弟がドナウ川に入水自殺。2年後には母が精神の病から自殺。この頃従兄の妻と不倫。作者が35歳の時に77歳のゲーテに会っています。ゲーテは彼に好感を持って記憶していましたが、グリルパルツァーは感心を示さなかったようです。その後もうねりの航海を続け、グリルパルツァー時代の再来と騒がれる中、控えめで内気の傷つき易い作者は1872年81歳で生涯を終えました。 このような彼の内面から生み出されたのが 「ウイーンの辻音楽師」 と 「ゼンドミールの修道院」 という作品です。ゼンドミールの修道院については別の機会にご紹介したいと思います。 「私」として二人登場します。一人は作者自身いま一人はバイオリンを路上演奏する私です。老人の演奏は上手とは言えない。小さな譜面台とぼろぼろの楽譜を見ながら音を出している。このような場所で演奏する者達は皆、楽譜を諳んじていて今流行の曲を奏でて金を稼いでいるのが普通。しかし、老人が何かしら懸命に奏でている事は伝わってくる。通り過ぎる群衆や子供もからかいながら去って行きます。私はその彼のみすぼらしいけれども気品と晴朗さ、さらには芸術的熱意に気を惹かれて話しかけると、流暢なラテン語がかえってきました。乞食芸人と呼ばれても仕方が無いこの老人は、相当な教育を受け知識が備わっているとみた私は、後日彼の住まいを尋ねます。 彼の居場所で聞いた身の上話は想像していたとおりでした。彼の父親は絶大な権勢を誇った男でしたが、その没落とともに彼の人生は一変します。縁切り状態の彼に残された僅かな資産も、金目当ての人間にだまし取られてしまいました。人見知りで煮え切らぬ性格から、この女性を・・・と心で決めていた人も去って行きました。 語り手の私と老演奏家の私は恐らく同一人物で、同時に作者のグリルパルツァーその人であったと思います。辻音楽師が亡くなって、その葬儀の準備をしていた女性――音楽師のもとを去って行った人――が涙を流す場面こそが、作者の内面をよく表していると思います。 |
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