《私の本棚 第265》   平成30年4月23日号

   「杏っ子」   室生 犀星 作

 杏っ子は犀星67歳の作。自分の出生から結婚・長女杏子誕生・長男平之介誕生と成長。軽井沢疎開とその地での生活や子供達の将来の連れ合いとの出会い。曲折を経て二人の子供の結婚。更には破綻までを描いた作品です。
人間の血統・過去から自分に至る素性を完全に知ることはできないという思いが語られ、続いておのれ平四郎 (犀星) の出生を述べます。
 時代は武家くずれが市中を徘徊するような頃、父は金沢郊外に住む足軽小畠弥左衛門・母は女中 (妾) のお春。生まれて直ぐ里子に出されたが、その女赤井ハツ (これも寺の住職の妾) の私生児として育ちます。後年、お春もハツもその墓地は無いと語られています。言葉による虐めを極めるハツの日常から、なるべく他人を容認するという犀星の性格が形作られたようです。そこから半自伝的小説が誕生しています。こんな俳句が残されています。

   「夏の日の匹婦の腹にうまれけり」

 作中こんな事を述べています。 「人間の成長はほとんど順調であった場合は、すべて忘却されているものである。虐げられた人間だけが、その凄まじい記録をとどめているに過ぎない。」 そんな困難を何とかくぐり抜けて、多額の原稿料を受けるようになった主人公平四郎は少々の事では怒りを面に出さない。しかし、何かしら平四郎の価値観において許しがたい一線を越えたとき、断固とした抗議もするし突き放しもする。しかし、弱い立場の女は擁護する姿勢が垣間見られます。
 平凡で人間としては爽やかな男が一番と言い、えらくない男は少しずつえらくなることに無上の愉しさがあると言う平四郎は、杏子の結婚もそういう目で見ています。

つまり自分もそうして生まれ努力し今日があるというにすぎず、自分を特別の人とは思っていません。しかるべくしてその結果、娘婿や息子の嫁が自分をどのような目で見ているかにはなかなか気づきません。これは人間の賢愚ではなく 「あのえらい人がそれほど分け隔て無く私を見ている筈は無い。あの人を越えていくのは至難のことだ」 という他人の葛藤に気づく事ができないのです。気づけない相手が他人であれば問題はありませんが、娘婿となると難しい。
 娘杏子にこんな話しをするくだりがあります。「友達が大臣になると、その男の顔を見ながら話しているうちに、こんな奴が大臣になっておれは平社員かという、そういう比較の不平均を感じることがあるんだ、だが、大臣になった友達は大臣だけのものは持っているし、平社員はどこまでも平社員なんだ。」 と。 続けて 「つまりこんな奴がという憤りは無意味なんだ、どんな人間でも何かができる奴は、いつも尻尾には尾 (つ) いていない、いつの間にか登れるところまで登りつめている、…」 と。
つまり自分の出生から困難を極めながら努力を重ねて世に出る迄の経験をごく普通のこととして信じています。これは当然のことです。そこから努力の大切さを説こうとしている様に思います。難しいものです。簡単に越えられるような親であれば、つまらない親としか感じられないし、越えられなければ恐らく打ちひしがれるでしょう。親心というものはいつでも、俺を越えてゆけと念じているようなものだと思います。自分の経験を話し、それを聞いた子供が更なる努力をおこたらず、いつの日か、成ることなら子供を仰ぎ見たい。ある意味ではそんな馬鹿な妄想を抱きたいのが親でもあると思います。
   三部作か三つの物語であっても良かったのではと思います。
   全体を通して犀星の優しさを感じます。春の雪と同じように。
 
金沢ひがし茶屋街、あんな本こんな本



 金沢 ひがし茶屋街
 
あんな本こんな本、金沢武家屋敷街



 金沢長町 武家屋敷跡 

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