《私の本棚 第250》 平成29年7月1日号
この作家の作品 「男鹿半島」 は第121号でご紹介しました。今回は晩年の傑作と評されていた作品を掲載します。昭和20年8月17日、敗戦二日後に42歳で病没。その年に遺作として発表されました。 現在の私には傑作かどうか判然としません。病に冒され戦地には赴かず、敗戦が刻々と迫る中で、自らも余命いくばくも無い (当時なら「不名誉な病死」) ということを自覚しながらの作として読めば良いかと思います。 作者は猫を飼ったことは無いと思われます。あるいは、飼ったことがあっても追い詰められた猫の行動は見た事がなかった、又は作品の中ではこう表現するしかなかったと思います。テーマの違いはありますが、猫そのものの表現に置いても漱石には比ぶべくもありませんし、比べること自体に無理があると考えます。 人間を見ると尻尾を後足に挟んで逃げ出す犬。対して、人を恐れず隙をみて平然と食い物をかすめていく猫。狼藉を働くその猫を、母親が捕らえます。捕らえられた猫はおとなしくしたままで、翌日、母親の手で処分されます。戦時体制の中で兵隊になることが出来ず、日々寝たり起きたりを繰り返しています。戦地に赴いて名誉の戦死を遂げることもならず、かといって健康で自由な生活ができる訳でも無い。そんな自分の病状を重ねて、猫や犬を描いているように感じました。私は戦争を知らない世代であり、平和な世で健康な体の身では、なかなか上手く作品に心を重ねることは難しく思います。 同時期の作品 「赤蛙」 にも、当時の作者の心境がよく現れていると思います。 |
菖蒲 |
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