《私の本棚 第244》   平成29年正月閑話

     「おいてけぼり」 

 今朝年が明けたばかりで、桜の花はまだ少し先の楽しみですね。しかし、何と言っても桜と置いてけ堀が重なると坂本冬美さんの夜桜お七を思い出します。いいですねあの歌、情感たっぷりで。紙吹雪を舞い散らす舞台演出と重なって引き込まれてしまいます。でも難しい歌です。NHK素人のど自慢なんかでも、出場者が曲名を言った途端に鐘の数が分かってしまいます。  
 いまネットで歌詞を見ながら書いていますが、最初の四フレーズを何度か読み直していて気づきました。昔話にあるような置いてけ堀を想像すると少しずれてしまうようです。置いてきぼりをくった自分の心をかなぐり捨てて駈けだすんですね。この歌をTVで聞く度に、歌い出しで微妙なハテナ?を感じていました。歌も聞いているだけではその心までは中々分からず、歌詞を読んで初めて気づくこともあります。TVドラマや映画を見るだけではなく、その原作を読みなさいという言葉も改めて思い起こされます。目や耳から入ってきた情報は正しい。それは間違いないのですが、欠点として考えるという労力を必要としないし、またあえて考えながら観る事も少ない。ああ良かった、ああ楽しかったでお終いですね。
 昨年、必要に迫られて?中島みゆきさんのCDを聴きました。必要に迫られてとは言っても、結果的には三分七分で楽しみの方が勝っていたのですが。聞いたことのない少なくとも聞いた記憶がない曲が殆どでした。しかしその中で心に残った曲をあえてあげると、「糸」、「狼になりたい」、「化粧」、「ファイト」、「ヘッドライト・テールライト」 です。これらの歌も聞いているだけでは感じ取りにくい事もあるでしょうけれど、歌詞を読みながら聴いていると、はっきりと弱者への寄り添いを感じます。ハッピー嬉しい楽しい!という歌もいいのですが、こういった歌も良いものだと思います。個人的には、彼女のメッセージとして長く後世に残るような気もします。
 読むとか後世に残るという話をすると、やはり漱石が浮かんできます。昨年は漱石没後百年でした。1916.12.9に49歳で亡くなっています。今年二月には生誕百五十年になります。没後百年に因んでNHKでもドラマ化されました。見た人も多いと思います。私も経験しましたが、現代では簡単に治る胃潰瘍 (私も入院経験有り) で亡くなりました。
 私が中学生の頃を思い起こすと、百年前は江戸時代末期でした(ええーっ?本当!)。 私のお爺ちゃんが、「子供の頃ちょんまげを結った人が歩いていた」 という思い出話をしていました。そしてその頃の江戸文学作品は古典という位置付けで習ったように記憶します。それからすれば、漱石は既に古典の領域になるのでしょう。坊っちゃんという作品はもの凄く有名ですよね。最近の小中学生のなかには読んだことが無い人もいるかも知れませんが。もちろん私はこの作品を読みましたが、スゴイ事に映画も見ました。小学校低学年だったと思いますが、父親に連れられて見に行った記憶があります。当然ですがカラーではなくモノクロです。その中の一場面に、ほこりが積もったテーブルの上に置かれた十銭銅貨、これをお前に返すと言う坊っちゃんと要らないという山嵐 (赤シャツかな) のやり取り、テーブルに残る銅貨の往復した跡が映像として記憶に残っています。話をしている私も既に古典の域に入っているようですね  
 小中学生で 「こころ」 という作品を読んだ人は極めて少ないでしょうね。漱石が思い入れ深く出版した最初の書籍です。それまでの作品は全て新聞連載でした。簡単に紹介すると、主な登場人物の先生と私とKは皆善い人なのです。しかし悪意が無ければ誰でも 善人=良い人 か?というとそうでは無いということをテーマにしているようです。この作品に登場する 善人=良い人かつ=悪人 は、誰にでも当てはまるとも言えます。で、この作品が特異なのは先生の遺書が長いことでしょう。余りにも長大で、私は読んでいて漱石の鬱屈した心を読んでいるような気がしました。読者の私はまさに置いてきぼりにされたような気もします。  
 社会人になって間もない頃などは同窓会もまだあまり開かれないと思います。しかし卒業してある程度年数が経つと、昔の友人に会ってみたいという気持ちも起こります。かつての級友だけでなく仕事仲間も懐かしく思い出したりすることがあります。あの時の先輩や後輩、同僚はどうしているのかななど、印象に残っていることが映像で見る様に浮かんで来たりします。
 昨年の正月、新しく中学生になる孫に時代に応じた電子辞書をプレゼントしようと思い出かけました。購入窓口へ並んでいて暫くしてから、何となく見たことがあるような男性に気づきました。こころの中で もやもや〜 あっ!T君だ。「さっきから何となく見ていたんやけれど分からんかった。挨拶してくれたから分かった」 と弁解。子供さんの近況も聞いた。とにかく自分の持ち続けているイメージで識別しようとするから、少し違うだけで脳の配線が結びつかない。困ったものです。
 同じく二月、縁ある人の葬儀に参列させてもらった。生前の関係から参列者は多い。寒いはずなのに良く陽が当たって暖かい。二列ほど前に、普通の意味で何となく気に掛かるお姉さんがいる。時々チラ見をする。そのうちに目が合った。「Nさん?」 「そうです、やっぱりYさんやねえ」 と確認。流石にT君のようにイメージで脳の配線が結びつかないとは言えない。毎年の賀状や洛タイを楽しんでもらっているらしい。あまり楽しみといって無い様な年齢になると、そう言ってもらう事でさへ嬉しいもの。

 それにしても、どうしてみんな私を置いてきぼりにして年を取ってしまうんだろう。毎朝洗顔をして見る鏡の中の自分はこんなに若々しいのになあ (笑い)・・・。
あんな本こんな本、八坂神社、初詣、良縁祈願






   八坂神社 初詣






 
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