《私の本棚 第191》   平成25年1月号

    「遠野物語」    柳田国男 著

 初版の序文には、この物語の成立過程が述べられている。それによると、明治42年の2月ころから遠野在住の佐々木喜善 (筆名・鏡石) という24〜25歳くらいの青年が、夜分時々尋ね来て話してくれたのを30代半ばの農商務省官吏であった柳田国男が書きとめたとある。
 それにしても、なに故遠野という地方にはこれほどの話が存在したのか不思議でなりません。読めば読むほどその思いは強まるばかりでした。私の場合は、北国で雪に閉じ込められた囲炉裏端で語り継がれた話として読みました。遠野は釜石から西へ約30qほどの所に位置します。話は遠野を中心にして凡そ30qくらいの範囲で語り継がれたように思います。自分が住む地域を中心にして何か思い起こす話があるかと問われればありません。無理にと言えば、龍之介の作品に見られるような題材か橋姫くらいで、遠野物語の題材とは全く異なると言えます。遠野物語は当初350部定価50銭で発行され、内200部ほどは寄贈されたということです。田山花袋、島崎藤村、泉鏡花はそれぞれ感想を残しています。更に23年後には中国の周作人 (魯迅の弟) は、民俗学の書物として紹介しました。
 題目は里の神・家の神・山の神・山男・山女・家の盛衰・魂の行方・雪女・河童・猿・狼・狐・熊などなど。北国の神として、オクナイサマ、オシラサマ、ザシキワラシは岩手県下に顕著に見られ今日でも重要なものとされています。私は遠野物語と言えば 「河童」 というイメージがありました。確かにその話も六話収められています。猿が石川には特に多く住んでいるそうで!?、今も大まじめに居ると主張しているお爺さんをTVで見たことがあります。遠野物語には狐に化かされた類の話も沢山ありますが、何となくそうとは言い切れない話もあります。魂の行方は八話収められていますが、これはどうも実際にそのままを経験したことが伝えられているように思います。経験したことというのは、何も科学的にそうだというのでは無く、その人がそれを真実だと認識していた事を言っていると私は思います。

二二話
・・・通夜に囲炉裏を囲んでいると裏口から死んだ婆様が入ってきて座敷へ消えた。

八六話

・・・地盤固めの作業をしている所へ大病で臥せっているはずの人が来て皆に挨拶をした。後日聞くと丁度亡くなった時刻だったとのこと。

八七話

・・・ある日ふと町の豪家の主人が尋ねて来たので茶の接待をした。何となく様子が変だったので気にしていたが、丁度その夜に亡くなったとのこと。茶は畳の合わせ目にこぼしてあった。

九九話
は3.11の大震災を思い出させます。
・・・土淵村字火石の助役の家の二男に福二という者がいました。皆学問のある人達でした。福二は田の浜 (陸前高田市田の浜でしょうか) へ婿に行きます。先年の大海嘯 (おおつなみ) に遭って妻と子を失います。生き残った二人の子供と屋敷跡に小屋掛けをし暮らしていました。夏の月夜にトイレに起き出して海岸の方を見ますと霧の中から二人の男女が近付いてきます。よく見ると女は紛れもなく自分の女房でした。はるばる後をつけてやっと声をかけますが、にこりと笑い、子供の事が心配でないかとと問うと哀しそうな顔をします。男の方を見ると、同じ津波で死んだと聞いている者で、自分が結婚する前はお互いに心を惹かれ合っていたらしいという男です。福二は夜明けまで道の真ん中に呆然と立っていました。

 津波という突然の災害で引き裂かれた家族が、未だ何処かで生きているに違いないと思う。いや、そう思いたいという気持ちがそんな有りもしない事を経験したかのような錯覚を見たと言えばそれまでです。しかし、もし夢遊病の様な状態でそれを経験したとしても、何と哀しい再会でしょうか。名前を呼びかければにこりと笑い返し、子供の事を問えば悲しそうな顔をする。今はこの人と夫婦になっていると答える。天災での突然の別れで言い様の無い辛さを経験している人間に更なる追い打ち。先の3.11でも人それぞれに癒し難い傷を負われた事でしょう。この話はいろいろと考えさせられる内容を含んでいます。

 笑われるのを覚悟で私の実体験話しますと、五年ほど前自転車単独24耐で深夜に島根県大田市を走行中、背中に冥界の人に乗られました。暗くても上り坂かどうかは足の重みで判断できます。坂道でも無いのに突然背中が重くなりました。お題目を唱えるとすっと軽くなりましたが、少し間を置いてまた重くなります。恐らくこの付近で不慮の事故により亡くなられた人、子供、女性などといろいろ思い巡らしますが知るはずもありません。後ろを振り向こうかとも思いましたが、闇夜で先が長い道、目を合わせて微笑まれても困惑しますし、反対ににらまれたりするのも嫌です。またお題目を唱えた後、「年に一回の遠足で楽しみにして走っているんだから邪魔をしないでくれるか?」 と頼むとそれきり消えました。
女川港、あんな本こんな本





 女川港
 
   前の頁、嬉しくてやがて寂しき   次の頁、ギリシャ神話    VolV.目次へ   VolV.トップ頁  

  Vol.U トップ頁   Vol.T トップ頁