《私の本棚 第365 》 2026 令和 8年8月3日号   (青少年達へ)

 「 つたなさの方へ 」  (その3)  那須 耕介 著
 
  
⑪【やらないではいられない、余計なこと】

 私たちは生きて行く上で働く事から逃れられません。小さな子供達は勉強をする以外には、ネバナラナイ事はほぼ無いと言っても良いでしょう。しかし社会人になると仕事が人生の柱になります。でもそうは言っても、息抜きに何かしらの趣味・遊びも必要になります。その趣味や遊びが本職に変わる事もあるでしょう。大学の教授ともなれば研究に時間を費やす事も多く、遊ぶと言ってもある程度範囲は限られると思われます。その点、一般的な社会人労働をしている人は、友人と飲みに行く ・ 麻雀をする ・ カラオケに行く ・ 山歩きをする ・ ゴルフをする ・ サイクリングをする ・ 有給休暇を取って家族と旅行する等々。自分の心に鬱々(うつうつ)と溜まったものを掃除することも多いと思います。余計な事どうでも良いこととは言うものの、その時間があるから健康で働く事ができるとも言えます。巻き尺で測らなければならないほど大きく羽目を外さずに、物差しで足りる程の気分転換は必要だと思います。その人がどんな風に生きてきたかは、表情や言葉に表れるのでしょうね。
 
⑫【こける技術】 

 自転車の転び方を練習すると言うのは比較的簡単かも知れません。そこからどんな場所に気をつけるとか、予め予防する技術も身に付いてくるでしょう。私のサイクリング自転車はビンディングペダルを使っていましたから、平坦な場所で停止するときに何度か転倒しました。見ていた人は恐らく、なんでなの?でしょう。柔道も先ず受け身の練習をさせられます。失敗は成功の基。その点、精神的な怒りを抑えるという技術は大変難しいと思われます。学んで簡単にできる事ではないのではと。
 怒るという事は自分自身に対してでは無く、何かしらの相手に対する感情です。しかしその相手にも同じ働きの感情があります。何か事が起こってからでは無く、事前に自分自身の善悪基準を持っている事も大切だと思われるのです。そしてその基準は 「自分に優しく相手に強く」 では無く、自分への基準で 「この一線を越えてはならない」 という物差しを持つことが大切ではないかと思います。
 例えば、会社で働く女性の大変仲の良い妹様が事故で亡くなったと仮定します。余りの突然と悲しみから家事も手に付かず、当然のこと出勤もできずに休み続けた場合を想定します。この会社では、年次有給休暇以外に服喪(ふくも)休暇(きゅうか)が2日有ると仮定。この女性社員が30日間休み続けたからと言って、怒りをもって解雇を思い浮かべる事は正しいのか?。世間でも当然と受け止められるのか?。判断に()っては自分がこける可能性があります。
こける技術はこけない技術であると共に、相手をこけさせない心でもあると思います。そしてそれは自慢するほどのものでもないと自覚すべきでしょうね。


⑬【黒めがね、マスクそして内心の自由】 

 著者は若い頃サングラスをかけて表へ出たときに、経験のない開放感を味わったと(つづ)られています。それは当時のほんの小さな遊び心だったと。でもそのような格好で誰かと対面しても、相手は心を開いて話してくれはしないとも。
世間で言う 「裏社会のその筋の人」 はそういう格好をすることが多い。確かに相手を威圧(いあつ)恐怖心(きょうふしん)を与えて都合の良い返答を得るには役立つのかも知れない。相手が今、自分を恐れているかどうか。恐れていたらシメシメだぞと。人は自分で自分を見ることができないと筆を転じて、「自分は何者で、いま何を感じ、考えているのか。『ほんとの自分』 を知るための手がかりは、かなりの程度、相手の表情やしぐさのなかにひそんでいるのだ」 と述べておられます。
 私も結婚後で子供のいない頃、車でどこかへ出かけた時のことです。日差しの強い時期で、度の入ったサングラスをかけていました。ある駐車場へ車を入れようと並んでいたとき、係員が私の前の車には 「あちら」 と手を振って合図をしているのに私には合図無し。後ろの車をサイドミラーで見ていると案の定 「あちら」 と合図をしています。私は、サングラスの所為(せい)だなと妻に言った記憶があります。何となく残念な気持ちでした。現在は近視用眼鏡(めがね)(かぶ)せておいて、()らない時には上に跳ね上げる事のできるサングラスを持っています。車で走行中のトンネル出入りに便利です。
 しかしその筋の人間というのは、案外(あんがい)サングラスなんかでは無く、威圧的な態度と表情と言葉を発しながら相手を観察しています。私は遠い過去に5~6度そのような対面をしてきましたが、格別の問題もなく今日を迎えています。難しい事ですが、そのような場合には恐れてウロウロしない強い心が必要。優しい人に対する時、そうでない者に対する時、どちらも自分の心は相手に伝わります。

 
⑭【傘はいらない】   2021.7.02(金)京都新聞夕刊 「現代のことば」 掲載

 この一篇は天気予報の ― ― 雨 ・ 傘 ・ 確率 ― ― を引き合いに出して、自身の遠くない終末観を述べられているのではと感じます。
最後にはこんな一文で。
()けをすることの(あらが) いがたい魅力(みりょく)は、ほとんどありえない未来が自分だけにやってくる、というおめでたい思い込みに包まれて生きることにある。今日、自分にだけは、雨は降らないだろう。そんな根拠(こんきょ)のない楽観(らっかん)を打ち消す力は、統計にはない。」

 
⑮【大学の「へり」で】   2021.8.24(火)京都新聞夕刊 「現代のことば」 掲載 

 一般社会の大企業や中小の会社でも、何もかも決まり事や規律が厳しければ良いというものではありません。ふと自分以外の人と距離を取りたいと思うことがある。著者はそんなとき、喫茶店は文字通りのオアシスだったと述べられています。
 私は先生のような難しい本を手に取ることはありませんが、大きな書店の棚をブラブラと見歩くのが好きです。時には本の方から 「読んでみたら?」 と呼びかけられる感覚もあります。なぜかしら心が落ち着いてくるのです。残念ですが最近は次第に書店が減ってきました。同時に歳と共に私自身の心も薄れてきたようにも思われます。
 先生はまた次のように述べられています。
「自分が大学に籍をおいた時間のうち、今の自分の考えや興味を(きた)えてくれたのは、教室や演習室の中の時間ではなかった。廊下での立ち話、研究会のあとの飲み会、自分の部屋に引き返すまでの隙間(すきま)の時間から、どれだけの刺激(しげき)を受けてきたか」 と。
また、こうも話されます。
「裏通りにどんな場所が広がり、時間が流れ、暮らしが営まれているか。それは壁の内側にいる人たちの計画や管理には従わないが、中の活動の質と士気を大きく左右する」 とも。
 この一編は、いよいよ人生残り少ないと(さと)る病床で、京都大学の自由な学風が薄れつつあるという思いを述べられたのではと考えます。 ― ― ― あくまでも読者である私の推測(すいそく)ですが。

                               2021.9.07(火) 逝去 享年53歳 
                               那須先生のご冥福をお祈り申し上げます。

終わりに際して 

 先ず、 書籍全体として私の解釈が誤っている場合は、謹んでお()び申し上げます。
 このサイトを読まれた青少年の方達は、書籍、
「つたなさの方へ」 ・ 「友達幻想(菅野仁著)」 ・ 「人生論ノート(三木清著)」 を手元に置いて、一年間繰り返し読んで考える事を強くお勧めします。読んで考え、考えて読んでを重ねると、自分でも気づかないうちに自分自身の生き方が整い成長すると思います。どんな風に成長したかというのは自分自身で気づくことも理解することも難しいと思います。何かの試験を受けるものではありませんから、他人から()められることも無いでしょう。しかし自分が何かの問題を抱えたときに、他の人では難しい解決方法も、どんな事柄でも大小に関わらず何気なく自然に考えて自分なりに最良の方法や進む道を見つける様になると思います。そうなって仕舞うと、何かの問題を抱えたときでもごく普通に考えて答えを導くようになります。
 それに気づくのは五年とか十年とかではなく、何十年も先かも知れません。小中高生の時代になら身に付けることができる習慣だとも思います。
三冊の本を繰り返し読み考えることは大変だと思うかも知れません。しかし読むのに大きな時間が必要な訳ではありませんから、学校の勉強・クラブ活動・趣味・友達との遊びなども普通にできます。少しづつの時間でも重ねれば大きなものに成ります。他人には見えない 「心」 が大きく成長します。それはお金では買えない貴重なものです。更に社会人となってからでは、その行動を実戦することはほぼ無理だとも思います。

 私は自分の年齢からして、この様な読書感想は二度と書けないような気がします。若い人達が幸せな未来へ向けて歩を進められることを願います。

 
※ この書籍は或る人から戴いたもので、大切な一冊となりました。心から感謝を申し上げます。

あんな本こんな本読書感想、つたなさの方へ、裏表紙、ちいさいミシマ社、那須耕介、 


ちいさいミシマ社発行

表紙、裏
あんな本こんな本読書感想、つたなさの方へ、扉、ちいさいミシマ社、那須耕介、大山とマリーゴールド

大山と



マリー
ゴールド



とっとり
花回廊




2026.6.19






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