《私の本棚 第282》   平成31年3月21日号

    「銀(しろがね) 心 中」   田宮 虎彦 作

 銀山温泉の宿での回顧語りという設定です。佐喜枝という女が亭主喜一と、事実上の亭主珠太郎との相克を描いた作品です。不倫話ではなく、第二次世界大戦後には比較的多い話しであったと、私自身の耳で聞いたことがあります。元亭主と現在の亭主が他人なら未だしも、兄弟と言うことも多かったようです。特に農村地域では守っていく跡取りが必要ですから、誰にも悪意が無く意図しない悲劇が多かったとも聞きました。当に戦争のなせる悲哀でしょう。
 夫の出征留守中に、空襲を受けながらも亭主の縁戚である珠太郎の手伝いを得て理髪店を守っていました。喜一は招集を受けて出征しますが、移動中の船が攻撃を受けて轟沈。喜一の戦死通知を受け取ります。亭主は死んだものとして、いつしか佐喜枝と珠太郎は夫婦のような生活になりますが、そこへひょこりと死んだはずの喜一が復員してきました。夫は現状を察しても致し方の無い事として責めたりはせず、元の夫婦に戻ろうとしますが、佐喜枝は女のさがから珠太郎を忘れることはできず、何日も家を空けて男の元へ入り浸る事がありました。夫は男の理性と生死をくぐり抜けてきたからでしょう、穏やかに「帰ろう」と連れ戻します。
 珠太郎は必死に自分を抑えて自ら身を隠します。佐喜枝は大雪が降る中、珠太郎が居ると思われる宿を目指して歩いて出かけました。長期間逗留していた宿の下働き男源作が探しに出かけましたが、二人とも崖下で凍死発見されます。
 亭主の喜一は生死の狭間から奇跡的に生還、縁戚の珠太郎は佐喜枝から身を引くために逃げ回り、結果的に喜一と珠太郎は縁が切れたでしょう。佐喜枝は喜一とも珠太郎とも縁が切れてしまい、何かしらの因果で佐喜枝と彼女の身を案じる源作とが、ある意味で来世の縁を結んだ結果になってしまいました。 
あんな本こんな本、銀山温泉



 銀山温泉 

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