《私の本棚 第288》   令和2年2月2日号

    「蒼  氓 (そうぼう)」   石川 達三 作

 この作品は、昭和十年第一回芥川賞受賞作品です。作者は本を読まない小説家と自認しています。また昭和五年の春から初秋にかけてブラジル移民の経験もしています。ブラジル奥地の農園で働いたものの一ヶ月ほどで失望し帰国しました。その時の経験をそのままというのではありませんが、神戸にあった国立海外移民収容所での八日間の人間ドラマを描いています。
 随分、東北訛りの表現が上手いと思いながら読み進めましたが、氏は秋田県横手町生まれという事ですから当然でしょう。訛り言葉を頭の中で自分に分かり易く発音しながら読むというのも変わった経験でした。しかし、関西人の私は何故かしら関西言葉がやけに沢山出てくるような書き物は好きにはなれません。どうしてでしょうね。
 登場人物は9家族だけに光を当てて進めています。私は移民の話は、文字通り話しにしか聞いた事はありませんでした。まるでバラ色の大地と生活が待ち受けているかのように思って移民した人達の生活は、全くその反対で、配属された農場から逃げ出した後行方不明の人達も多かったようです。辛抱した人も艱難辛苦を舐め尽くした後、どうやら人並みの生活を手に入れたようです。そのような移民に夢を託した人達が、移民船に乗るまでの8日間を描いています。
 畢竟、食って行けない農民を、海を渡れば前途洋々の日々があるかのような錯覚を起こさせて、国を挙げて希望者を募った国策だったと思います。題名のとおり民衆を雑草扱いですね。健康診断で不可と判断されて泣く泣く故郷に戻る家族。戻ってみたところで、もはやそこには生活をしていく術は何も残っていません。何もかも処分して出てきたのですから。一方、検診結果が良かった家族にも様々な事情があります。岸壁を離れていく船の振動を感じながら、僅かばかりの手荷物に突っ伏して泣き崩れる未婚の女性。その姉の人生を自分の移民という我が儘で狂わせてしまい、申し訳無いと涙する弟。実際にもこのような家族は数多く居たのだと思います。人生の縮図をよく表現した作品だと感じました。
 
あんな本こんな本、大太鼓の館、庶民風景壁画 




 北秋田市

 大太鼓の館
 内部の壁画

   

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