《私の本棚 第197》   平成25年7月号

    「晴天の迷いクジラ」  窪 美澄 作

 新聞の書評欄を見て、読んでみる気になった一冊です。作者は 「今の日本で、何かしらの閉塞感や生きづらさを感じている人は多いと思う。そんな人に『ちょっと踏みとどまって、一日待ってみたら』と伝えたかった」 と語っているようです。
 主な登場人物は、由人・野乃花・正子の三人です。由人は自分の仕事に行き詰まりを感じ、鬱病の薬を飲みながら頑張っていますがそれも限界。野乃花は由人の勤務する会社の社長ですが、その経営に行き詰まっています。由人の母親のような年齢の彼女も、かつて鬱病の薬を服用していました。正子は母親の彼女に対する育て方や接し方にやり場の無い怒りを感じて反発しています。拒食症に陥りリストカットをしています。
 由人と野乃花は何もかも投げ出して死ぬ前にニュースで見た 「迷いクジラ」 を見に行こうと出かけます。途中、野乃花の直感で自殺直前の正子を車に同乗させました。そうしてクジラを見に行く日を重ねている内に、もうチョット生きて見るかという気持ちになってきます。
 ただ私としては、本の帯に書かれたような 「心に刺さりまくる」 とか 「人生の転機に何度も読み返したくなる」 というようなキャッチフレーズは当を得ていないように思います。人は皆、毎日の生活や仕事の上で悩むことの二つや三つくらいは持っているものです。それを思い悩むあるいは真剣に向き合うことで、心に風邪の症状を引き起こすこともあります。身近な人が見ていて医者の診察が必要と思う場合は兎も角、そうで無い人も直ぐに薬の処方を求める傾向があるように見えます。
 一方で人は多少のストレスがあるから生きていけると思います。私は四十代に胃潰瘍で入院生活を経験しました。その時、病気そのものと、この状況であれこれと仕事の事を考えても仕方ないと思い、読みたい本だけを読むような入院生活をおくりました。看護婦さん達は当然その仕事柄患者にストレスを与えないように気配りをします。退院の日 自宅に戻った私は初めて、「ああ、生きているということはそれ自体がストレスなんだ」 と気づきました。つまり、適度なストレスが無いと人間はまともな社会人としての生活をおくることは出来ないという事実です。
 作者の思いは、「一生懸命生きていたら悩む事くらいいくらでもあるよ。それであまりに息苦しくなったら、上手に気分転換をしようよ。人生は百%良いことばかりなんて無いよ」 そう呼びかけているように思います。

何事も考え方ひとつ。いろいろ悩んでみよう。苦しくなったら気分転換も忘れずに。そうやっていつの間にか強くなって行くんだと思います。
 
東尋坊、あんな本こんな本






 東尋坊 
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