《私の本棚 第176》   平成23年11月号

  「ローマ人の物語Y---終わりの始まり」  塩野七生 著

 歴代皇帝のなかで最も人気のある人がマルクス・アウレリウス (在位161年〜180年) です。

その子が皇帝コモドゥス (在位180年〜192年暗殺) で、---
ペルティナクス (在位三ヶ月暗殺)、---
ディディウス・ユリアヌス (在位三ヶ月暗殺)、---
その後、クロディウス、ペシェンニュウス、セプティミウスの三人が覇権を争い、皇帝セプティミウス・セベルス (193年〜211年) が誕生し少し安定ます。セベルスの子供がカラカラ大浴場で有名な皇帝カラカラです。これらの時代を終わりの始まりとして記述されています。

 マルクス・アウレリウスの時代は長年の平和に続く時代でした。五賢帝の最後を飾る人であり、哲人皇帝の呼び名で有名でした。残されている裁判記録 (最高裁長官の役割もあった) でも、判決にためらいを感じた裁判長が判断を仰いだとき、その判断は大変明瞭で理知的論理的なものでした。しかし、その後皇帝となった息子のコモドゥスは愚帝でした。このあたりの事は映画化されて、1964年には 「ローマ帝国の滅亡」 と題して、2000年には 「グラディエーター」 としてご覧になった人も多いかと思います。この愚帝はライオンの冠り物をして棍棒をもったヘラクレスに扮した彫像が残っています。
 この愚帝と父親である賢帝の比較を著者がされているので紹介します。

---コモドゥスは他者と付き合わなかったのではない。彼自身と好みに合う他者とだけ付き合っていたのである。そしてコモドゥスが何よりも熱中したのは、未だに父親に反抗し続けているかのように、肉体を駆使する競技であった。だがこれも本質的な意味では閉鎖である。家の外の生活が大半であったにもかかわらず、彼の棲む世界は狭かった。生涯を政務と学問と家庭に捧げ、家の中での生活が多かった父帝の方が広い世界に棲んでいたのである。
自分の好みに合った世界でのみ生きるのは、老齢に達した人にとっては人生の勲章である。だが、20代で早くも自らの世界を限定してしまうのは明らかに病気だ。悪魔のささやきが最も効果を上げるのは、このような病を持つ人に対してなのであった。---
 
壇ノ浦、平家滅亡の地、あんな本こんな本





 壇ノ浦
 
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