《私の本棚 第173》 平成23年8月号
従軍記なのか小説なのか微妙なものを感じます。5月4日から22日に至るまで広大な麦畑の中を車で行軍したとあることから、小説としての位置付けなのでしょう。しかし5月16日の所に火野葦平伍長が登場し、戦闘中に小林秀雄が杭州まで持ってきてくれた懐中時計が壊れたと記しているところをみると、従軍記と言って良いのかも知れません。 暫く読み進めるとパールバックの大地 (第69号で紹介) を思い浮かべました。恐らく戦火に追われながら逞しく生きる農民の描写がそうさせるのでしょう。不思議な読書感です。血なまぐさい情景も書かれていますが、実感として迫って来ません。そう感じる事で小説としてしまって良いのかもしれません。実際に舞台になるような広大な麦畑があるのか調べましたが、無さそうです。この小説と直接の関係はありませんが、亡父がビルマ (現ミャンマー) で従軍していたとき、抜け出るのに三〜四日かかった (歩きにくさもありますが) 竹藪があったと聞いた記憶があります。竹藪は放置すれば広がりますが、麦畑はそうはいかないと思います。 火野葦平は昭和12年9月伍長として応召。12月、杭州に入城し駐留。昭和13年2月、前年の応召前日までかかって書いた「糞尿譚」で第六回芥川賞受賞。小林秀雄が文芸春秋から派遣され陣中で授賞式。5月、徐州会戦に従軍。8月、「麦と兵隊」 を発表。という経過がありますから、冒頭に書いたように、従軍記なのか小説なのかが曖昧に感じられるのでしょう。まあ、小説風従軍記として読んでも構わないような気もします。 |
![]() 興福寺 |
前の頁、ムーレ神父のあやまり 次の頁、忘れられた日本人 VolV.目次へ VolV.トップ頁 Vol.U トップ頁 Vol.T トップ頁 |