《正月閑話》   平成23年正月

    「シークレットサンタ---本当は誰?」  

 おと年の暮れでした。テレビを見ていると 「シークレットサンタ」 と題してアメリカのある人物をドキュメンタリー風に紹介していました。
その番組を見ながら、何となく、違うなと感じたのでした。番組で紹介しているシークレットサンタになったご本人は確かに立派な人なのだが、やはり違う…。

一、光と影 
 番組の主人公は事業をしていたのですが失敗します。しだいに持っているお金もなくなり、ホームレス状態になります。クリスマスの寒い時期のことで、ポケットにお金がないのは承知ですが、空腹のため止むにやまれずレストランに入って暖かい食事を摂りました。さて食べ終わってお腹が一杯になるのと引き替えに運命の時は刻一刻と近づいてきます。どうしよう…。当然支払のあてはなく鼓動は高鳴り店内の灯りでさえ矢尻のように感じます。暖房の効いたホールと自分の罪悪感から、全身がじっとりとしてきます。手足も小刻みに震え目は泳ぎ虚ろだったに違いありません。ついこの間まではこの空間と時間を想像すらできなかったのです。これまでは順調に、真っ直ぐに生きてきた分だけ、言い逃れをする言葉も出てきません。楽しかった事やこれから自分の身に起こるであろう色々な事が、周りのテーブルや談笑する人々と重なって見えます。幸せだったことや、何のためらいもなくレストランに入ったり、ショッピングをしていたこと。クリスマスの夜に寒いとか寂しいとか感じたことはなく、それどころか暖かく何の不安もなく時を過ごしていたこと。どうしてこんな事になったのだろう、今自分は何をしているのだろう?。もう自分の人生はこれで終わりだとか、自分で自分を確認できず支離滅裂な思いを巡らせながら、悔悟の念で一杯だったに違いありません。 それでも今の自分にできる精一杯の事(演技)は何かないかを考えます。上着の胸ポケットを手のひらで触ってみる。「あれっ、財布が無い!」、手を入れて確かめる。やはり無い。他のポケットも確かめる。ズボンのポケットも探ってみる。無い。そこいらに落としたんではないかとキョロキョロしてみる。その様子を見ていたレストランのオーナーは、「ここに落ちていた20ドル札はあなたのものではないですか?」 とレジから取り出した紙幣を渡す。
 無銭飲食をした主人公は、後年事業に大成しクリスマスにサンタの格好をして、亡くなる数年前まで身分を明かさずホームレス達に20ドル紙幣を配って歩く。そしてこの行動は主人公亡き後も多くの人に引き継がれているということです。シークレットサンタという素晴らしい行動としてテレビで紹介されていました。

 富める者と貧しき者という光と影です。

二、光と陰 
 でも私は、まだ何か大切な物を忘れているような気がするのです。主人公のお父さんサンタにライトが当たっていないではないか、と思ってしまうのです。 お父さんサンタとは勿論レストランのオーナーです。もしあの時、オーナーの優しさが無かったら、小突き回されて寒空の下へボロ屑のように放り出されたかもしれません。或いは警察に通報されて前科者になったかもしれません。そうなった時、シークレットサンタは誕生しなかったかもしれないのです。逆に彼は自分を反省するより他人を恨んで生き続けていたかもしれません。
 この番組からは、レストランオーナーのその後は分かりません。しかしそのオーナーにとっても20ドルは小さな金額ではなかったはずです。見ず知らずの彼に数ドルの食事をさせ、支払の為の20ドル紙幣を握らせたのですから、釣り銭も渡したことでしょう。40ドル近い利益を上げるためには少なく見積もっても100ドル以上の売上が必要ではなかったのか。しかしオーナーは陰のままで光はあたりません。

三、光と陰・影  
 人生には常に光と陰影がつきまといます。誰でも陽の当たる道を歩き続けたいと願いますが、人生は修行の場、そうはいきません。欧米にはチャリティーという言葉はあっても陰徳という考えは無いのかもしれません。アメリカでは人生に成功した者は、寄付をしないと一人前に見られないと聞いたことがあります。自己主張をしないと軽んじられるとも記憶します。そのような国ではレストランオーナーは変わり者という存在でしかなかったのでしょうか。
 シークレットサンタは晩年、自己主張の誘惑に抗しきれなかった。そう受け止めるのは私の間違いでしょうか。

 日本には積善や陰徳という言葉があります。辞典を引いてみました。
【積善】善行を積み重ねること。[積善の家には必ず余慶あり(出典、易経)]
【陰徳】人に知れないように施す恩徳。[陰徳あれば必ず陽報あり(出典、准南子)]

 何事も相手の国民性を理解した上で判断したり、問題によっては、日本人の美徳という自負心も風呂敷に包み込んだ上で、対処の仕方を考える必要があるのでしょう。やれやれ--、積善とか陰徳とか美徳などという柄にもない事を考えていると何だか眠くなってきました。まさか広辞苑を枕にはできませんが、ごろっと横にならせていただきます。では…。
雪の降る夜、あんな本こんな本





 雪の降る夜
 (宿泊ホテルの窓風景)

 
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