| 《私の本棚 第360 》 令和 8年3月5日号 「きょねんの木」 新美 南吉 作 |
| 令和7年12月号と令和8年1号を下書きしている頃は、心が少し塞がる状態でした。過去をあれこれとたぐり浮かべていましたから仕方ありませんが・・・。それで何か気分が軽くなるような作品は無いものかと探していると、随分前に家内が孫に買っておいた本が目に入りました。これなら晴れ晴れとするだろうと思ったその中の一冊がこの作品です。ご存じの方は瞬時に「絵本」とわかるでしょう。表紙には「でんでんむしのかなしみ」と大きく書かれ、背景にはふんわりとした絵があります。何となく記憶が浮かび上がってきます。探していると2011年6月の読書感想サイトが見つかりました。でも、この本から転記したのでは無いような気もします。「きょねんの木」は同じ本に掲載されていました。なにげなく、それならこの作品について書こうと。 自分の思いとは裏腹に、読めば読むほど書けなくなります。「でんでんむしのかなしみ」は大川小学校の子ども達を偲びながら写し取ってあります。しかしこの「きょねんの木」はどんな風に表現したものか?。新美氏は29歳という若さで逝去されており、二十二三歳ころの作。残念ですね。このような物語を童話として書かれた事には、ご本人の誠実さや生きる力・子ども達にたいする強い思いを感じます。それにしてもなぜ?と云う気持ちからネット検索をすると、ご自身の生い立ちが大きく心の底にあるのだと分かりました。色々な解釈ができます。しかし子供に読み聞かせるときは大人の解釈・親の解釈を強いるのではなく、必要に応じて少しだけ補足しながら語り聞かせるように読んだり、声の大きさや早さ、強弱など聞いている子供がその世界に引き込まれる手助けをする事が大切なんでしょうね。うっかりすると読み手の胸が塞がれたり涙ぐんだりしかねない程に・・・。小学生低学年までくらいの子供が読み聞かせてもらうと、きっと心のどこかに残るでしょうし、本を読み考える子に成長するとも思います。 木と小鳥の関係は、とても大切な仲良しの友人であったり、親子・爺婆と孫・先生と教え子・心を寄せる男女、更には動物と飼い主など様々な関係が浮かびます。しかし何等かの事情で仕方なく時間や距離が空いたりするかもしれません。やっとの事でまた会える!と思った時に相手は居らず、手の届かないところにいるかも知れない。でもそうだったとしても、大切な仲良し相手の心は必ず君を見守ってくれている。だから泣いたり悔やんだりしないで、元気に自分や友人や周りの人達を大切にして生きていてね・・・と。哲学のような素晴らしい童話。私はそんな風に読みました。 南吉氏は亡くなる前々日に、見舞いに来てくださった人に次の言葉を伝えておられます。 「私は池に向かって小石を投げた。水の波紋が大きく広がったのを見てから 死にたかったのに、それを見届けずに死ぬのがとても残念だ」 昭和18年 (1943年) 3月22日 逝去。 老人の一読者である私も 『大丈夫ですよ、充分大きな波紋に成って広がっていますよ』 と伝えてあげたい。 |
いま窓の外に咲く紅梅には、日差しを受けてミツバ チがやってきています。どれほど遠くから匂いを感じ 取るのかわかりませんが、陽が差すと影がカーテン に写 り、外へ注意を向けると飛び交う姿が見えます。 脇には小鳥が運んできて芽を出し成長した南天もあ りますから、そのうちに別の小鳥がきてついばむでし ょう。作品と重なって心が穏やかになります。 |
![]() 16年間生活を共にしたマック ( シーズー ) 1歳頃 (30年近く前) の写真 パソコンの待受画面からいつも私を見ています |
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