《私の本棚 第254》   平成29年9月16日号

     「伊勢物語」   岩波書店・日本古典文学大系より

 歌物語として最初の作品。「むかし、おとこありけり」 で始まる物語として記憶しておられる方も多いと思います。成立は諸説あるようです。
元慶三年 (879年) に在原業平は清書して妻の伊勢に与えたという事も言われています。しかし、作者不明というのが実状のようです。学校で習った和歌も頻出しますから、何となく馴染みやすい物語ともいえます。全体を通じて表現の軽やかな (現代ほど荒々しく重くない) ラブストーリーとして読んでも良いかなと思います。


第9段・・・捨ててきた故郷の都と妻を偲ぶ

 この段に読み進んで来たとき 「おや?」 という懐かしい気がしました。半世紀余り昔!、高校の古文教科書に出てきたような記憶があります。習ったこと自体は忘れても何処かしら片隅にあり、当時の担当教師の面影も浮かんできました。冒頭にラブストーリーと書きましたが、この段は少し情緒不安定気味になった男が捨ててきた都と妻を偲んでのラブーストーリですね。

   ・駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり

 さすがに教科書に掲載されて何ら問題のない内容です。

第23段・・・浮気男が悔い改める話

  幼なじみの男女が成長してお互いに親の勧める縁談に耳を貸しません。

   ・くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべき

 ついに夫婦になりますが、今も昔も同じ事、馬鹿な男は浮気をします。しかし女房は夫の好きなようにさせています。男はこの女房の態度に自分と同じように浮気をしているのではないかと図々しくも不審を抱きます。出かけるふりをして様子を見ていると、妻は化粧をし直して、 「風が吹けば波が立つように、あなたは生駒の山を越えて女のもとへ立って行くのだろうか」 と歌を詠んでいます。一方、愛人の女は狎れてくると、はしたない所作を取るようになってきます。男は後悔をして愛人と手を切りました。燃えるようなあの頃の思いを忘れてはいけないという教えでしょうか。

  若い人の歌に「Love Forever」っていう歌がありましたね。良いですね若いということは、でも戻れない・・・(笑)。
 
あんな本こんな本、魚見台


   鳥取県 魚見台風景
 
第60段・・・男を捨てた女が尼になった話

 宮仕えが忙しくて夫婦で居る時間が充分に持てなかった時、妻は 「俺は女房を大切にするよ」 という男に付いて、不倫駆け落ちをし他国 (他県) へ行ってしまいました。女に逃げられた男が勅使として宇佐 (大分県) に出張した時、自宅でもてなしてくれた当地の官僚に対して、それと知った上で 「貴方の奥方に酒をついでもらいたい」 と所望。肴の器にある橘を手にとって

  ・五月まつ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする

と詠むと、女は元の男だと気づいて、後悔して尼になりました。たられば後悔先に立たず、の話でしょうかね。

第122段・・・女をなじったがあっさり無視された話

  原文をそのまま全文ご紹介します。
むかし、おとこ、ちぎれることあやまれる人に、山城の井手の玉水手にむすびたのみしかひもなき世なりけりといひやれど、いらへもせず。

 契りあって結婚の約束したことを、あっさりと反故にした女に対して、玉川 (京都府綴喜郡井手町を流れる) の水を手飲みするようにして契りあったのに、その甲斐もありませんでしたねと言ったけれど返事もなく無視された。
現代ならさしずめ 「ふん、何言ってんのよ、こっちの男の方が良かったのよ!」 とでも言うところでしょうか。結構昔から強かったんですね。
 
地蔵院、あんな本こんな本あんな本こんな本、玉川、地蔵院


   玉川と地蔵院の春
 

読んでいて凄く気にかかる歌が幾つもありました。恐らく古文の授業時間に出てきて、記憶の何処かにあるのでしょう。

4段   ・月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして


9段   ・から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思う

      ・名にし負はばいざ事とはん都鳥わが思ふ人はありやなしやと


82段   ・世の中にたえて櫻のなかりせば春の心はのどけからまし
              82段と83段に出てくる惟喬親王は平家物語にも登場します。

83段   ・忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君を見むとは
 

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