《私の本棚 第162》   平成22年8月号

    「崖の下」   嘉村 磯多 作

 この作品は 「業苦」 の続編といえます。圭一郎と千登世はふとしたことで間貸し人の女将さんの秘密を知ってしまいます。足の指が無いことをひた隠しにしていた女将さんは、秘密を知った間借り人を犬猫を追い出すようにして遠ざけます。真冬の二月にやっとの事で見つけた貸家は崖の下にありました。

-----家は三畳とと六畳の二間、床板は朽ちて畳はへこんでいる狐狸のすみかに例えたいようなあばらや。蔦葛におおわれた高い石垣を正面に見、後ろは帯のような長屋の屋根がうねうねと連なっていた。家とすれすれの南側は何十丈という絶壁のような崖がそびえていた。もし歩くのがやっとのような通路側から火事に攻められれば逃げ場が無く、高い崖が崩れ落ちようものなら家は微塵に粉砕される。しかも崖の上には二人に説諭の限りを尽くしていた牧師がいる教会がある------。

 人力車一台限りの荷物を持って二人は越してきました。逃げ場のない袋小路に追い詰められたのです。圭一郎は特別な能力もなく、愚図で融通の利かない性格のため職を転々とします。愛しているはずの千登世と居ても、心は郷里や子供の身の上をさすらっています。六歳にもならない頃の敏雄が妻の乳を飲むのにさえ嫉妬していた自分を哀しく思い起こします。一方では道を歩いていても電車に乗っていても老婆が鼻水をすすりながらいる様子と千登世の将来を重ね合わせる日々が続くのです。
 器用さも甲斐性もない男が、自分の余りにも強い嫉妬心が原因で、妻と子供と千登世を不幸にしていく。そんな様子が業苦と併せてよく表現されていると感じました。業苦と併せて読むといい作品です。 
和歌山県 鬼ヶ城、あんな本こんな本





 和歌山県 鬼ヶ城
 
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